教員essay

【ゴールドコースト通信 第一部】


3.ゴールドコーストでの生活
 9月から大学近くのアパートでの生活が始まったが、それは海岸の喧騒とは程遠い、静かな郊外でのそれであった。初めはとまどうことも多かった。アパートは松林に隣接した新興住宅地で近くに商店はなく、一番近いショッピングセンターまでバスで15分ほどかかる。そしてそのバスは30分に一本であるが、時には40分くらい遅れて来ることもある。
  バスに乗るときは運転手に行き先を告げて切符を買う。中には乗り換え切符や往復切符を買う人もいるし、運転手にバス停から自分のめざす所への道順を長々と聞いている人もいるため、乗り降りに5分もかかってしまう。今でこそ慣れてしまったが、ここで生活を始めた頃には、正直に言って待ち時間がじれったく感じられた。
  ショッピングセンターには、ありとあらゆる商店が集まっている。日本とは異なり、商店が町のあちこちに点在しているのではなく、一箇所に集められている。そして、人々の買い物の仕方も日本とは異なり、パンを10斤、ジャガイモを5キロ、肉を3キロというようにまとめ買いをしている。はじめはレジで待つのがこれまたじれったく感じられた。しかし、やがて少量の買い物をした人専用のレジがあることに気づき、今では専らそれを利用するようになっている。
  スーパーマーケットに出ている野菜、果物の種類は非常に多い。中には日本のそれよりずっと新鮮で美味なものもある。10月に出回ったオレンジは日本の伊予柑より一回り小さいが甘味も酸味も強く、ジュースにもってこいであった。帰国後、日本の蜜柑など食べられないのではないかと思う。バナナも新鮮で酸っぱく香りが強い。クイーンズランド州のケアンズでもニューサウスウェールズ州のリズモア付近でも取れるのだと聞いた。恥ずかしいことに、ここへ来るまではオーストラリアがバナナの生産国であることを知らなかった。また、アボガドは日本で売られているものより大きく、どれもほどよく熟していた。堅くて食べられないものや熟しすぎて傷んだものにはめったに遭遇しない。これも南のニューサウスウェールズ州で取れていると聞いた。野菜の中では特に人参が柔らかく、においもあまり強くないので生で食べられる。
  他方、果物や野菜のおいしさとは対照的に身の回り品は質素である。大学で客員研究員の手続きをした時に渡された文具は大きすぎる付箋紙、ざらざらしたA4の罫線紙、書きにくいボールペンなどで、どれも気に入らなかったのでショッピングセンターへ買いに行ったが、そこに出ている商品も似たりよったりであった。日本のコンビニエンスストアで売られている平凡な文房具が何と贅沢であったかということを思い知らされた。また、文房具だけではなく、台所用品や清掃器具も日本のそれと比べ、はるかに素朴である。
  気がついてみると、ボンド大学の学生の服装や持ち物も日本の学生のそれと比べ、ずっと清楚である。ボンドには教員が住むような質の高いアパートに住んでいる学生も稀ではないが、彼らの中に着飾ったり化粧をしたり高級なファッションバッグを持ったりしている人はあまりいない。大学の近くで一度だけブランド品のバッグを持っている学生を見たが、彼女は日本からの留学生であることがわかった。現地には擦り切れたTシャツを着てサンダルを履いて大学に来ている女子も多い。
  ここでは、ぱりっとした衣服は意外に高価である。折り目のきちんとした中国製品を求めると安くても50ドルから70ドル(4000円から6000円くらい)になってしまう。さらに上質なオーストラリア製品を探すと100ドル(8000円くらい)を越えてしまう。そのような衣服を買うのは、主として仕事の上でそれを必要としている人のように見える。平均気温17度という亜熱帯性の気候もあって服装にあまりこだわらない生活が定着しているのであろう。これは、訪問者にとっては有難いことである。
  二ヶ月もたつと、ここの消費生活に慣れ、質素な文具や身の回り品を当たり前と思うようになった。そして、日本の都市部の消費生活が必ずしも良いとは思えなくなってきたのである。
  現在の日本では、工業製品の質が高く、便利で体裁の良い衣服や台所用品、小道具、小物が出回っている。都市部には百貨店や量販店が立ち並び、人々はいつでもどこでも質の高い工業製品を手に入れることができる。そのような都市部の生活はまことに便利である。しかし、考えてみると身の回りには必需品ではない製品があふれている。そして、人々は広告や周りの人たちの消費生活に刺激され、常に多くの商品を買い求めずにはいられない。そのような生活にはゆとりがなく、また非常に無駄が多い。ここへ来てからの時間がたつにつれ、日本の大都市の生活に疑問を感じるようになったことは否めない。





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