8月26日の朝、ブリスベン空港に着き、空港とゴールドコースト市内を結ぶ相乗りのバスに乗って約一時間でボンド大学に到着した。ボンド大学はゴールドコーストの海岸から約3キロ離れた小規模な私立の大学である。といっても敷地面積は広く、最初は迷ってしまう。この大学は三学期制をとっており、8月の20日から9月11日までは学期の中間の休みであり、当日は学生の姿もまばらであった。ビジネススクールの研究塔は大学の正門に近い四階建ての建物で、私は最上階の研究室を借りることができた。建物の南端、正門に近いところに時計台があり、9時、12時と3時にベルで音楽を奏でていると教えられた。ベルの音楽はその日によって異なり、この日の3時には「メリーさんの羊」が演奏されたように記憶している。26日から28日にかけて客員研究員の手続きを済ませ、また大学から紹介されたアパートに入居するための契約書を読み、サインするという一連の作業を済ませ、29日に海岸通のホテルに出かけた。私をこの大学にご招待くださったのはNoel Gaston先生であるが、このときは出張中であったため、その期間に観光地として有名な海岸を見ておきたいと考えていた。
大学前のバス停でバスを待つこと30分、バスは曲がりくねりながら東に進み、ブロードビーチという海岸の近くから北に進み、出発からおよそ30分でサーファーズ・パラダイス(※1)と呼ばれる有名な海岸にたどり着いた。降りたときには冷たい雨が降っていた。8月末というと、ここでは一番寒い季節を少し抜け出したばかりである。そこで私が目にしたのは浜辺にひしめく高層ホテル群と冷たい雨にもかかわらず浜辺や通りにあふれる観光客であった。
砂浜に近づくにつれ、見上げると首が痛くなるような高層の建物が多くなる。このように海岸の近くに位置していてはサイクローンの時に危険なのではないかと思われる建物もあった(※2)。砂浜と平行して走るエスプラネード(Esplanade)と呼ばれる通りにも、そしてそれと直交する数多くの通りにも建物郡が林立していた。ホテルもあれば、休暇用のアパートもあった。
エスプラネードと直角に交わる、カビル通り(※3)という道は小雨を浴びながら屋外のテーブルで食事やお茶を楽しむ人たちやただゆっくりと歩いている人たちで込み合っていた。
私は神奈川県藤沢市の出身で、夏に湘南海岸が海水浴客で賑わう光景を見慣れている。また、静岡県熱海市の海岸近くの旅館や民宿がひしめき、東京からの観光客で新幹線が混雑する事情をよく知っている。そのため、とっさに熱海の海岸近くの旅館を思い出した。しかし、やがてここの観光業が藤沢市や熱海市のそれとはまったく異なっていることに気づいた。まず、ホテルがどれも大規模である。日本の旅館や民宿のような小規模な宿泊施設はない。また、ホテルのバルコニーから見える海岸の風景も藤沢市や熱海市のそれとは異なっている。雨にもかかわらず海は緑に近い鮮やかな青色を帯びている。見渡す限りの砂浜は文字とおり金色ではるかかなたまで続いていた。冷たい雨が降っているといっても気温は12度くらいであり、海水浴やサーフィンを楽しんでいる人の姿も見られた。
日本の海岸の観光地はいずれも気候や自然の景観という点でゴールドコーストに遠く及ばない―そのとき、そう思ったのを今も覚えている。南西諸島を除くと日本の冬は寒く、海岸での散策や遊泳には適さない。海の見えるホテルや旅館は多いが、空と海と浜辺との調和に見入ってしまうようなところは少ない。さらに日本の海岸の観光地は必ずしも人々が自然に触れ、風景をゆっくり楽しむ場所ではなくなっている可能性もある。東京から熱海に来る観光客は空と海を眺めることよりも旅館・民宿での食事や宴会を喜んでいるのではないだろうか。そもそも、現在の日本人は自然との交わりを愛しているのだろうか。
経済が成長すると産業の中心が第一次産業から第二次産業、そして第三次産業へ移っていくことはよく知られている。しかし、観光業が経済の中心的役割を果たすためには、よほど自然条件に恵まれていなければならないし、また人々が自然環境の保全に努めなければならないし、観光業の基盤整備にそれなりの資本を投下しなければならない。そのようなことを考えさせられた。 |