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月日 | 発着地及び滞在地 | プログラム | 地図番号 | 夜プログラム |
|---|---|---|---|---|---|
| 8/21 | 成田発 サンフランシスコ経由 | オリエンテーション | 4 | スケジュール確認 | |
| 8/22 | ヨセミテ国立公園 | センチネルドーム、タフトポイント | 3 | ナイトハイク | |
| 8/23 | ヨセミテ国立公園 | マーセドグローブ1泊ハイク | 4 | フリー | |
| 8/24 | ヨセミテ国立公園 | マーセドグローブ1泊ハイク | 4 | ヨセミテの水棲生物 | |
| 8/25 | ヨセミテ国立公園 | ヨセミテバレー | 1 | ヨセミテのロッククライミング | |
| 8/26 | ヨセミテ国立公園 | カセドラルレイク | 5 | 自然学校の歴史 | |
| 8/27 | ヨセミテ国立公園 | オプション | 3の東 | キャンプファイヤー | |
| 8/28 | ヨセミテ発 サンフランシスコ | S.Fにてフリー | フリー | ||
| 8/29 | サンフランシスコ経由 | 機中 | 機中 | ||
| 8/30 | 成田着 | 解散 |
CentinelDomeからHalfDomeを望む
ヨセミテ第1日は、センチネルドーム、タフトポイントへのハイキングからはじまった。
ところで、昨日ヨセミテに到着して、まだ間がない上に、通訳のピーターも日本語が堪能であるし、食事も口に合い文句がない。
といったところで、アメリカに来たという実感がないので、少しハイクに出かける前に基礎知識を学習しておこうと思う。
まず、ヨセミテ国立公園の大きさは、東京都の約1.5倍、四国の約半分の面積である。
「ヨセミテ」の語源は、先住民族ヨヘミテ族の「ヨヘミテ」がなまって「ヨセミテ」になったとのこと。
ヨセミテバレーは、氷河の浸食によってできたものである。
また、インストラクターのシャーリー曰く、カリフォルニアは、アメリカの州のなかで、最もいろいろな気候・風土をもったところでシャーリーが1番きにいっているところであるとのこと。
それでは、スタートしましょう
8時に朝食をして、お昼のサンドウィッチをつくり、9時にバスで出発する。
10時10分に登山口に到着。アメリカ人のハイカーはたくさんいたが、日本人はさすがに見当たらなかった。
まず、センチネルドームへ向かう。途中、ヘビがシマリスを捕まえて、まさに飲み込んでやろうとしている衝撃的なシーンに出くわす。
結局は、頭だけを食べるだけで、後はのこしてしまったのだか、最初から感動的な場面で参加者全員興奮気味になる。
ほどなく、センチネルドーム頂上に到着。
360度のパノラマ展望台です。遥か下にヨセミテバレーを見下ろし、ハーフドームが眼前に迫り、延々と続く白いシェラネバタ山脈が一望できます。
ヨセミテバレーが公園全体の約1lにすぎないことを感じさせてくれます。というガイドそのままの場所です。
<シャーリーの地質学講座>
シェラネバタ山脈は、北米プレートと太平洋プレートとの浸食作用が起こっていた部分が、隆起作用により突出してできた山脈である。
岩質は、太平洋プレートと同じ花崗岩である。
シェラネバタ山脈の西部では、太平洋から運ばれてくる湿った空気が、山々にぶつかり雪を降らせることになる。
ヨセミテで1番高い山は、Mount Lyell(3,997m)(ライアル山)である。
少し遅めの昼食を取って、いったん登山口まで引き返す。そして、タフトポイントへ向かう。道中、野生植物の説明を詳しく聞きながら歩いたのだが、すっかりとわすれてしまった。
タフトポイントの印象は、バレーを眺めるというよりも、のぞき込んだときの恐怖。恐ろしいといったりゃありゃしない。これも絶景のうちなのだろうか。しかし、忘れることはないと思う。
そして、帰路は、送迎バスの故障でシャトルバスに相乗りさせてもらって、ヨセミテバレーを一回りして少し遅れて帰舎する。
<夜プロ ナイトハイク>
夕食後、7時30分からインスティチュートの前のMeadow(草原)でナイトハイクを行う。
ナイトといっても、まだしっかりと明るく夕方といった感じである。
ブラックベアとの遭遇を期待していたが、見ることができたのは、鹿、コウモリ、ネズミの掘った穴、ネズミが冬に彫り上げた土のかたまりであった。
もう少し動物たちに会えるとよかったが、明日以降に期待して静かにクールダウンして初日を終えた。
Tuolumne Groveにあるトンネルツリー(枯れてしまったセコイア)
今日は、お待ちかねセコイアの森への1泊ハイクです。
その前に、セコイアの木について予習します。
マーセドグローブの小屋と参加者
何日いても飽きないところである。後ろ髪をひかれながら、昼過ぎに出発。インスティチュートに戻り十分休息をとる。
<夜プロ 水辺の生態学(講義)>
6000年前からヨセミテでは、先住民族アワニチ族が釣りや漁が一番うまいとされてきた。
2つの方法があった。1つは、銛て゜つく方法、1つは、現在は法律で禁じられているが、ソープルーツという木の根っこを細かくしたものを水に溶かして魚を浮かせる
という方法があった。
ヨセミテでの生態
インディアンビレッジ
インディアンビレッジは、1872年当時のアワニチ(Ahwahnee)族のコミュニティがどのようであったかを、セルフガイドで
理解できるようになっている。
私たちは、南シェラネバダ山脈のミワフ族出身である国立公園局のフィル・ジョンソン氏に案内をしてもらった。
氏は、普段アワニチ文化のデモンストレーションをする仕事を担っている。
氏は、1989年からフォレストレンジャーとして働いていたが、93年から文化のデモンストレーターとなり、ネイティブの文化を教育するのが仕事になった。
そのため、制服として、1870年代の服装を身につけている。
歴史としては、考古物から4000年から9000年前までのことがわかるようになってきている。
アワニチ族は、ゴールドラッシュまでは、他の部族と交易をして平和に暮らしていた。
ゴールドラッシュ以後、先住民の生活が犯され始める。アワニチ族や他のヨセミテ先住民は、国が紛争を押さえるために送った軍隊により、ヨセミテ峡谷を追われた。
1851年に峡谷にもどってくる。一方、軍隊が去り、軍隊によりヨセミテの美しさが語られるようになり、多くの人が山のほうに移住しはじめる。
再び、アワニチ族が住むところが少なくなる。現在、マリポサ・ヨセミテにはね700人位のアワニチ族の血を引く人々が住んでいる。
インディアンビレッジのジュリアおばさんとフィル・ジョンソン氏と
インディアンビレッジ
カセドラルレイクから臨むカセドラルピーク
シェラネバダ山脈の中で最も広い亜高山草原のトゥワルミ草原は標高2620メートル。氷河によって削られたU字谷で、シェラネバダの峰峰がこの草原を取り囲みます。
トゥワルミの語源は、アメリカ先住民族の部族の名前です。彼らは、2000年前から夏期にこの地域を利用していました。
この草原は、東西の部族が交易をする場所でもあり、ドングリや籠、ビーズ、黒曜石、塩などがやり取りされていました。
その西の端からスタートするトレイルをたどり、カセドラルピークゃエコーピークといったひと際壮観な頂のわきを抜けて行くと現れる静かな湖です。
標高2786メートルで、雪解け水をたたえ、その周りに湿原がひろがっています。
<夜プロ ヨセミテ自然学校について(講義)>
ヨセミテインスティチュートの外観
エリック・ウェスターランド氏によるヨセミテ自然学校の紹介
バーナル滝
ネバタ滝とハーフドーム裏側
あのジョン・ミュアトレイルとミストトレイルをたどっていく。
私は、ばてたため、この日の記録がない。しかし、景観は筆舌しがたいものがある。機会があればぜひおためしください。
<夜プロ キャンプファイヤー>
ヨセミテ最後の夜、盛大にそして厳かに・・・