経営現地化を担う現地人材開発についての実態調査(マレーシア)
南山大学経営学部 准教授 上野正樹
*本稿は、文部科学省「大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム」の報告書として書かれている。マレーシアでの日系企業へのインタビューに基づく。貴重な時間を割いてインタビューにご協力いただいた全ての皆様にお礼を申し上げるとともに、本稿に含まれる誤りは上野正樹の責任とする。
調査計画
マレーシアで日系企業3社に訪問した。「経営現地化を担う現地人材開発についての実態調査」を目的としている。以下、訪問順にA社、B社、C社としている。A社は白物家電のR&Dセンターである。2012年3月13日、取締役と主任技術者にインタビューを行った。B社は情報家電メーカーである。3月13日の午後、社長と取締役にインタビューを行った。C社はPCデバイスメーカーである。3月15日、社長にインタビューを行った。いずれの企業もマレーシアでの20年以上にわたる事業経験と実力のある組織である。
A社の実態
R&DセンターとしてのA社の事業経緯は、1970年代前半の工場立地までさかのぼる。翌年には、南米に輸出を開始し、最終商品の組み立てラインの追加、いくつかの中核部品の製造も手掛けるようになって行った。1990年頃にこのR&Dセンター(A社)を開設し、商品開発と金型設計をスタートしている。
A社には、現在、約190名のエンジニアらが在籍している。日本人は12名のみで、残りは現地人材である。開発拠点として、実験設備を完備し、先行開発から企画、意匠デザイン、機構・電気・ソフトの設計など、商品開発の全体を遂行している。
なお最先端の要素技術開発は、日本の開発拠点が担当している。マレーシアでの開発商品は、高機能商品が3割、普及帯・ボリュームゾーン向けが7割となっている。
現地経営人材の実態を知るうえで、このR&Dセンターが果たしている役割の大きさや、開発戦略、商品開発の特徴を知っておく必要がある。まず、基本的にはマレーシアと日本の合同で商品企画を行う。しかし、一部の機種はマレーシアが商品企画を行い、開発の最終承認を本社から得る形をとっている。近年は、さまざまな地域のニーズを考慮した商品開発を手掛け、開発機種数が急増している。開発の特徴としてチームワークが必要とされる。ポイントをまとめてみる。
第一に、開発機種数について、2005年から2010年にかけて、4倍以上に膨らんだ。現在では、1日あたりにすると1機種以上の商品開発を手掛けている。この時期、東南アジアのみならず、インドなどの新興国向けの開発を本格スタートした。開発機種数の多さをもとにすると、このR&Dセンターは重要な役割を果たしている。
第二に、近年、国・地域ごとに異なるニーズや法規、さまざまな価格帯、さらに販売店からの個別指定要望に応じる方向に商品開発がシフトしている。ニーズプルやローカリゼーションの方向で、多様な国・地域のニーズに、きめ細かく対応する方向に向かっている。このことも開発機種数の多さにつながっている。最近では、インド市場でのヒット商品の開発にも成功している。インド系の人材をプロジェクトリーダーとし、ボリュームゾーン向けの新ジャンル商品として大きな成功を実現した。
第三に、商品開発の特徴である。R&Dセンターの中には6つの設計グループがある。その中に商品設計グループ(商品ラインを4分類した4つの商品別組織)と電装設計グループ(ハード設計、ソフト設計など)がある。商品設計グループとして、商品特性や国・地域のニーズを考慮し、急増する開発商品にチームで対応にあたる。また、電装設計グループでは、一人一人が複数の商品を担当している。そして、構造設計や、電気・ソフト設計などとの間に調整とチームワーク、擦り合わせが必要とされる。
開発拠点としての役割が大きくなる中、長年の経験を持つ現地人材が力を発揮している。R&Dセンターの社長と所長は日本人である。しかし、商品企画、先行開発、技術管理、原価管理グループは現地人材のみで、グループ長も現地人材である。グループ長クラスの現地人材は、R&Dセンターを開設した翌年の1992年に入社した第一世代の人材が多い。この世代が定着し、活躍している。2012年の現在で言えば、「20年選手」である。
開発のオペレーションとマネジメントの両面で、現地人材が中心となっている。前述したR&Dセンターの中の最大組織が商品グループである。ここには60名ほどの要員がいるが、日本人はグループ長と商品リーダー3名の合計4名のみである。
近年、毎年10名前後の人材を採用し、開発機種の増大に対応している。人事の基本方針は工場部門や本社と変わりはない。しかし、「採用」と「昇進」において、R&Dセンターでは独自の方策をとる部分がある。背景には、2005年前後に、他社からの引き抜きが相次いだことがあった。また、最近では少ないが、若い人材の中に辞めてしまう人もいた。
まず、採用について、工場部門とは別に、R&Dセンター側で独自に行っている。マレーシア上位大学の工学部など理系学部のうち、成績上位5%ほどの優秀層に直接アプローチしている。キャンパスに出向き、会社説明と面接を直接実施している。採用後に、人を変えることは難しい。そこで、自社に向いている人を採用することがポイントである。10名程度の採用であれば、じっくりと選定できる。
採用で重視することは、チームとして仕事ができるかどうか、次に自分で判断する力があるかどうかである。エンジニアリングの仕事をしたいと考える人を中心に、この2つをみる。工学部などの学生たちの間でも、欧米企業に人気がある。とくに初期のサラリーについて、こうした企業には及ばない。面接では、「しんどいかもしれない」ことも正直に話す。いい話しばかりしない。学生への自社PRは、福利厚生の充実のほかに、エンジニアとしての仕事を思い切りできることがある。R&Dセンターとして、多くの地域向けの商品企画から製造までを一貫して行っている。そして、充実した実験設備や開発環境がある。
次に、昇進についてもR&D側での取り組みがある。本社(工場部門と共用)の昇進体系や評価基準がある。しかし、優秀な人材であれば若くても昇進・昇級できるようにしている。具体的には、R&D側でも評価基準を持ち、評価を進める。次に、本社の体系で決められた昇進・昇級の枠(人数)に対して、R&D側から候補者をプッシュするようにしている。優秀ならば一挙に昇進するよう、スピード昇格を実現させている。
B社の実態
マレーシアにおけるB社の設立は1980年代後半にさかのぼる。現在、情報家電分野の商品の生産と開発を手掛ける拠点となっている。生産量は年間300万台を越え、そのうち日本への輸出が6割、それ以外の国への輸出が4割となっている(オーストラリア、中近東、アフリカ、ロシアなど)。なおマレーシア現地向けは5%程度である。
B社の開発の役割は、全世界向けのボリュームゾーン商品の開発拠点に位置付けられる。なお日本本社は、全世界向けの高級帯と日本向けの商品を開発している。
近年、長年手掛けてきたアナログ製品から、デジタル情報家電にシフトした経緯がある。5年ほど前の2007年頃まではアナログが中心であった。2007年からはデジタル商品の開発と生産をスタートし、現在ではデジタル商品に切り替わっている。
商品開発体制として、およそ100名の要員がいる。このうち日本人は8名のみである。先端的な要素技術開発やソフトウエア開発、チップセットの開発や採用などは、日本本社が担当している。製造部門では、工場長を現地人材が担当している。2012年4月に、この人材が取締役(ディレクター)に昇格する。
エンジニアの採用は、毎年10〜15人ほどである。このうち5名ほどが生産技術者である。文科系の人材は、中途採用のみである。採用にあたっては、欧米企業と比べてサラリーのネックがある(日本企業の場合、一見すると安い)。なお、R&D人材の離職率は年10%ほどで、他国の状況と比べると低いほうかもしれない。その理由として、B社のブランド力もあるが、エンジニアとしての仕事の面白さを追求できる開発・製造環境や設備を指摘できる。完成品の独自開発を実施できる環境が整っている。
近年の独自開発の成功例として、インド向けの商品がある。コストや機能を抑える部分を大胆に設定するとともに、生活者の視点から絞り込んだ明確な差別化ポイントを組み合わせた。その結果、低所得層のみならず、ニューリッチ層による購入にもつながったのである。さらに、同じコンセプトで開発した商品が、省エネモデルとして、震災による電力不足の影響のあった日本で数十万台の売上を実現した。
エンジニアとしての仕事の面白さは、このようなボリュームゾーン向けのシンプル版にもある。たとえば、新興国に必要な低消費電力や、コストを抑えるためのアイデアを考案し、実現していくような仕事は面白いだろう。
人材の定着と育成において、普段から、仕事を任せるように心がけている。そして、信頼されている、認められていると感じてもらえるようにする。また、昇進には、新しいミッションを与える。ただし、任せっぱなしにしないことも大切である。単に任せた場合は、失敗のリスクが増え、上司としては苦労することもある。適当な距離で見守り、定期的に仕事の進捗を確認する。たとえば、社長報告会を週1回、月曜日に英語で実施している。そこでは、社内外の動向も分析・報告してもらう。
現在、30〜40代に優秀な現地人材が育っている。こうした中、日本本社から来る日本人には、何らかの「突き抜けた力」を持っていることが求められる。優秀な現地人材を前に、上司として仕事や能力で圧倒するような力が必要とされている。
B社は、幹部候補者(現地取締役候補)に対して、日本本社での1年間の「幹部人材育成プログラム」を適用している。開発や生産現場でのOJTを中心とし、3か月に1回、1週間ほど座学のコースが設定されている。そこで自分の会社や事業の課題を捉えなおす。そして自分のミッションも捉えなおす。最終的に、日本本社の社長と取締役の前でプレゼンテーションを行う。
また、現地幹部の昇格について、B社にて、半年から1年間のトレーニングを義務付けている。それは「塾活動」と呼ばれている。具体的には、課題解決研修とし、最終的に事業課題とミッションに関する昇格試験に通れば合格となる。日本人管理職と同様のベースで合否を判断している。
経営人材に求める要件として、「先見性」と「事業観」が重要になっている。先見性とは、自分たちのビジネスのトレンドやマーケットの変化を読む力である。事業観とは、担当業務のみならず、他の業務や他のビジネスとのつながりを捉える力である。入社10年ほどするとノウハウや知識がたまっていく。しかし、事業全体や、業務の文脈とその変化を考えようとするかどうかで、できる人材とできない人材が分かれていくようである。
この2つのポイントは、特にデジタル家電分野においては大切である。モジュールとして仕事を分割・分業し、あとは簡単に組み合わせることのできる分野において、事業として全体を見る力が必要になっている。背景には、デジタル化・モジュール化による分業の中で、全体を見渡す経験が減ってきていることがある。こうした中、大きく観ることのできる人が必要になっている。仕事を任せ、大きな経験を積んでもらう。また、事業環境や技術の変化が速いため、トレンドや事業の行く末を考える力が重要になっている。自社を取り巻く環境や文脈を理解し、そこに自分の仕事を位置づけ、さらに変化を考えられる人材を育てなければならない。
MBAの活用は、これまで念頭になかった。単なる評論家では困るのと、「叩き上げ」を重視していることがある。しかし、ツールとマインドを併せ持った人材をMBAで育てられるのであれば、MBAホルダーの活用の可能性も出てくるだろう。ツールとは、統計分析などを駆使し、自社の強み・弱みを戦略として分析する力である。マインドとは、上述の先見性と事業観である。ツールとマインドの両方から解決策を見いだすような能力の開発を期待したい。
もちろん今後も、MBAホルダーだから即戦力として採用するということはないだろう。可能性としては、社内で育ってきた人材をMBAに派遣し、ツールとマインドを磨くという形が有望である。具体的には、週1日、3か月程度の研修であれば現実的だろう。
C社の実態
C社のマレーシアでの歴史は、1980年代後半のAV関連製品の生産からスタートする。その後、生産品目がいくつか増えて行った。1998年から、コンポーネントの生産を開始し、その翌年から一挙にコンポーネントの生産が増えていく。現在、このコンポーネントはPC用のデバイスとして生産し、C社の主要な生産品目となっている。
なおC社は、このPCデバイスの分野で、世界市場全体の34%でトップシェアを持ち、2位以下を大きく引き離している。しかし、PCの値下がり傾向もあり、事業・競争環境は常に厳しいと言える。
本社の事業形態は、韓国企業との合弁である。日本側51%、韓国側49%の出資比率となっている。そして、マレーシアの生産拠点(C社)は日本側の運営になっている。なお、中国にも工場があるが、こちらは韓国側の運営となっている。
C社は、1,587名を雇用している(一部契約形態の期間員をのぞく)。このうち、工場部門が1,369名、管理やエンジニアリング業務が218名である。全体の中で日本人は8名のみである。オペレーションは、ほぼ現地化が進んでいる。たとえば、工場長(役員)は現地人材であるし、エンジニアリング部門、ロジスティック部門、SCM部門などの部長級のリーダーも現地人材が多い。
役職別にまとめると、CEOを含む役員(GM)7名中、現地人材は2名となっている。部長は10名中9名が現地人材、課長は27名中25名が現地人材となっている。こうしたオペレーションの現地化は、韓国側による中国工場とは対照的なようである。中国の工場ではトップから係長クラスまで、韓国人が占めているようだ。
派遣日本人の役割は、対外窓口とサポートの役割が中心になっている。たとえば、エンジニアリング部門のサブリーダーに日本人がいる。彼の役割は、方向性の確認と日本とのやり取りがメインである。また、品質管理センターのトップ(役員)は日本人が担当しているが、これは対外保証の窓口のためであり、実質的には部長級の現地人材が担当している。また、ファイナンスとIT担当のトップ(役員)は現地人材である。
近年、エンジニアリングにおいて、独自の成果が出てきた。たとえば、設計チームでは、基板1枚から12枚の多層基盤をとっていたが、高密度に22枚とるなどの成果が出てきている。生産技術では、生産ラインの自動化を徐々に進めてきている。
今後、経営幹部レベルにおいて、自ら考える人材を育成しなければならない。そして、戦略を現地人材の力で立案できるようにする。それには、ゴールを設定し、それを諸要素に分解し、時間軸を入れて考える力が求められる。従来、こうした作業に対し、日本人は長年の経験にもとづく勘やチームワーク、阿吽の呼吸でこなすことができた。しかし、現地人材を育成するには、ノウハウをツールや体系としてわかりやすくする必要があった。また、ヒトがやめてもノウハウを蓄積できる体制にしておく必要がある。たとえば、改善グループ活動の進捗状況を確認していくルールを明示化した。定期的にレビューし、情報を蓄積する。
現在、幹部候補として新卒採用をおこなっていない。マレーシアでは9月卒業であるが、ちょうど生産量のピーク(クリスマス商戦向け)で、その後落ち込むため、採用しにくい時期に当たる。もちろん中長期的視点から新卒採用すべきであるが、そこまでの余裕がない。また、人材の特徴として、暗記に強いけれど、記述問題の訓練が少ないような印象がある。他にも「与えられたこと、一つのこと」には目が行くが、周囲まで目が届かないような傾向があるかもしれない。マネージャーや幹部層を育てる課題である。
経営幹部の育成として、「任せること」、「考えさせること」の経験をもっと積ませることが大切だろう。本社のビジネス・ドリブン側が、現地人材をあまり信頼せず、何かあると現地駐在日本人社員に相談する傾向が強かった。こうしたことでは、自ら考え、判断する機会が少なくなってしまう。そこで、近年の厳しい事業環境への対応について考える機会を増やすため、「新ビジネス開発タスクフォース」を立ち上げた。そのトップ(部長)に現地人材を据え、生産、販売、調達の現地人材を集めている。日本人は1名のみの参加で、予算・投資の調整業務にあたっている。
もう一つは、幹部候補の本社への研修プログラムの活用がある。それは、年に2回、2カ月の研修プログラムである。エンジニアを中心に、候補者を送り出す。要素技術の学習の他に、経営合理化のあり方や進め方を学んでもらう。マレーシア側でも、技術や経営の問題意識を深く持つ人材を評価するようにしている。
小括
ものづくりを担う経営人材として、3社のオペレーションでは、現地人材の育成や活用が進んでいる。工場長や技術管理、財務などのトップにおいて現地人材が活躍している。その背景には、長年のマレーシアでの事業経験において、人材が定着し、育っていることがある。優秀な人材を独自に採用している取り組みも聞かれた。採用(配置)、育成、選抜の循環が出来上がっており、「オペレーションと人材の現地化」は3社ともに高度なレベルに達している。
また3社ともに経営幹部育成に積極的に取り組んでいる。日本への研修プログラムのほかに、マレーシア側でも、評価基準を持ち、ミッションを与え、仕事を任せ、定期的にレビューする(任せっぱなしにしない)。実際、A社やB社は、世界的・全社的な開発拠点として機能し、独自の製品開発を進めている。またC社では、大きな仕事と思索の場として新規事業開発において経営人材育成を実行している。
トップマネジメントレベルとなると、3社ともに日本人が担当している。そして、エンジニアリングや製品開発において、日本人がリーダーとなっている部分がある。こうした日本人の役割は大きく2つある。第一に、本社との情報のやり取りと、社内での方向の確認である。第二に、技術や経営ノウハウ、および先端的な技術知識の伝授である。伝授と言ってもサポート役のような場合もある。現地人材の中でも優秀層を採用し、社内での育成も進んでいる。このことから、上司として派遣されてくる日本人にも、実力が備わっていることが推察される。
今後の課題を挙げるとしたら、2つのことを指摘できる。第一に、本国本社側の「内なる国際化」である。それは、本社側での日常業務を変えることである。たとえば、C社の社長がおっしゃるように、本社と現地の情報連絡の際、日本人である自分を通してではなく、現地人材と直接やり取りすることを増やすべきだという意見があった。現地人材への信頼を本社も寄せるべきだという。このことは、コミュニケーションのあり方ともかかわっている。たとえば、本社でも英語を公用語にしないと、現地人材とダイレクトな情報交換が難しいかもしれない。
第二に、経営戦略とマネジメントの現地化である。それは、B社の社長の言葉で言えば、「事業観」と「先見性」を備えた独自の経営プランと経営スタイルを持つことである。A社とB社は、国際的な工程分業の一部分を遂行しているというより、自律的な経営単位に近い。両社ともに、近年、独自のヒット商品開発に成功している。C社は、ビジネス・ドリブンとしての戦略とマネジメントは本社にあるとしながらも、現地人材による戦略立案の場として、独自に新事業タスクフォースを立ち上げている。3社ともに、オペレーションの現地化の次のステップの取り組みを行っている。
経営人材開発は、長い時間をかけ、漸進的に進められてきたことからもオペレーションの現地化の中で行われてきたと言える。もし、今後、幹部レベルの現地人材活用を今よりも一層、あるいは一挙に進めるとしたら、ものづくりのあり方のレベルで、全社的な戦略の再構築が必要かもしれない。
その極端な方向は、国境を挟んだ日本人同士の日本語による「擦り合わせ」を低下させることである。この方向は、B社やC社のようにデジタル化やモジュール化の進む情報家電やPC分野で考えられるシナリオである。また、A社のように、さまざまな国・地域のニーズ対応を重視した製品開発においても、日本の常識にとらわれない発想が求められるため、日本人同士の擦り合わせが低下していくことが考えられる。しかし、この方向性は、擦り合わせによる作り込みを競争力としてきた日本企業にとって、ものづくりの戦略転換にかかわる。
インタビューによると、MBAホルダーの活用は3社とも聞かれなかった。しかし、このことは日本での一般的な実情と同じである。3社ともに、基本は内部育成であり、中途採用の形で経営幹部候補の外部労働市場を活用することはない。海外企業ではMBAの有無が一定の段階で昇進に影響してくることが多いのに対し、日本のメーカーや企業全般について、MBAは昇進の条件ではない。
もしも、日本の製造企業において、MBAの活用が視野に入ってくるとしたら、上述したような、ものづくり戦略の再構築の中で行われるだろう。MBAホルダーの能力をモジュールのように社内に組み込むには、擦り合わせによる業務遂行や意思決定がベースにあっては、業務に組み込めないと考えるからである。昇進・昇級や人事評価制度の大幅な改革が必要になるだろう。
このように考えると、MBAと、日系ものづくり企業との「現実的な接点」は、B社で聞かれた意見が参考になる。それは、社内で育ってきた人材をMBAに派遣し、ツールの習得と事業観を磨くというものである。週1日、3か月程度の短期プログラムが現実的だと言う意見であった。この場合、10〜12週間の授業コースとし、授業日1日に3〜5つ程度の授業を固めて実施することが考えられる。授業の予習量にもよるが、1日に5つの授業は多すぎるかもしれない。
MBAのプログラムで提供できるツールとして、「経営戦略」については3C分析、SWOT分析、5フォース分析、価値相関分析、事業システム分析などがある。また、経営幹部には「会計や財務」に関する一定の知識が求められるため、こうした授業にもニーズがあるかもしれない。事業観の養成には「ケーススタディ」が有効だろう。家電分野で言えば、サムスン、LG、ハイアール、ホンハイなどのケーススタディをおこない、受講生の所属する事業を相対化し、捉え直してもらう。
このような短期プログラムの運用では、マレーシアのみならず、韓国や中国などの大学教員と日本の大学教員で共同開催することが考えられる。アジア企業の競争力が高くなり、日本企業にとって強力なライバルとなっている。そこで、こうした企業を長年研究している経営の研究者が、毎回、迫力のあるケース討議を進行すべきである。短期プログラムの限界はあるが、具体的かつ絞り込んだツールと知識の習得のほか、自社事業の相対化と刺激を得る機会として、一定の貢献を果たせると考える。


