多島斗志之『症例A』角川書店、2000年 と
  殊能将之『ハサミ男』講談社ノベルス、1999年

 「あなたは『××』を信じますか?」の「××」が「幽霊」とか「UFO」だと、信じる人は20パーセント以下だと思うが、「生まれ変わり」とかだと解答率が上がってきて、「生前の記憶」とかだとかなり高い数値になるのではないだろうか。ならば「多重人格」では?
 私もつい最近までは「多重人格」を、眉つば系?のテレビ番組が好んで扱う、ちょっとオカルトがかった現象だと思っていた。ヤラセっぽいしネー。あれなら『ガチ×コ倶楽部』の方がよっぽど本当らしいもんなー(えっあれもヤラセなのか…?)。多重人格ブームの火付け役はダニエル・キイス『24人のビリー・ミリガン』だとか言われてもなぁ…「ブーム」っていうのがなんだか怪しいと思うわけでしょ。24の人格が、場合によっては400の人格が入れ替わるとか。それぞれの人格には名前がついているとか。お互いをその名前で呼びあっているとか。そのくせ、別人格がしたことを他の人格は覚えていないとか。そんなことをすぐに信じる人は、カルト宗教の手口にはまりやすい人なのでは、と思うわけですよ。でも、児童虐待の結果、脳の海馬細胞が損傷して云々と説明されると、んー科学的な裏づけのある現象なのかなーなどと思うようになってしまう自分もちょっと頼りない。
 今回紹介する本、多島斗志之『症例A』は、そういう私の多重人格観を(しぶしぶ)変えるきっかけになったミステリである。そもそも多重人格とミステリ・ホラー系の小説は相性がよすぎるほどよく、スティーヴンソン『ジキル博士とハイド氏』とか、ローレンス・ブロックの『サイコ』とかのメインテーマは、最小の多重人格である二重人格だし、憑依の現象にしたって、エラリー・クイーンの問題作『××の×』(タイトルは明かせません)のような神の憑依?にしたって、一種の多重人格なのかもしれない。とはいえ、ミステリで多重人格の扱いを間違えるとひどいことになってしまうわけで、以前読んだある小説などは、作中の人物がすべて一人の人間の別人格だったという結末で、呆れてしまった。
 というようなことがあって、多重人格について、いろいろな意味で否定的な印象をもっていたのだが、『症例A』を読みだいぶ考えが変わった。「人文学基礎演習・」という授業で、今年の1年生の諸君がグループ発表のテーマとして選んだうち6分の1が「多重人格」だったのだが、それでもキレずに、いや呆れずにいられたのも、この本のおかげであった。
 中心人物は三人。榊は精神科医(男性)。居心地の悪くなった前の病院から引き抜かれて海辺の精神病院に赴任してきた。人間的な治療をポリシーとするその病院で、榊が担当することになった少女が亜左美(17歳)。彼女を担当していた前任の医師が、不自然な死を遂げていたことがやがて明らかになる。もう一人は(出ました!)臨床心理士の広瀬(女性)。小説は、前任の医師の不自然な死と、亜左美の心のミステリーとを両軸として回転していく。
 多島斗志之という作家の小説は他に1冊読んだだけだが、近現代史における国際謀略にからんだ話を得意とする作家だと思っていた。この小説はそういうイメージからはまったくかけ離れている。この小説を読んでいて興味深かったのが、精神医学者(精神医学)と臨床心理士(臨床心理学)との関係である。精神医学の方は、臨床心理学を軽蔑しきっている。それが多重人格をめぐる議論となるが、第19節の(全体520ページ中)100ページにも及ぶ議論はこの本の中での圧巻である。学術的な議論で100ページも費やすという一見無謀な構成はしかし、この小説の謎解き部分が実は前任者の不自然な死をめぐる謎でも、また亜左美の心をめぐる謎でもなく、いってみれば現象の一人二役(概念の二人一役)とでもいうべきものの解明に当てられていることの証なのである。榊が精神医学的な概念を用いて「××」として亜左美を診断するが、それは実は「多重人格」と言われている現象のもう一つの側面だったということが明らかになるのがこの第19節なのであり、それ以後俄然亜左美はミステリアスさを増すのである。ちょっと変な比喩だが、この小説の謎解き形態の斬新さは、ジョゼフィン・ティ『時の娘』のような、歴史上の謎を解き明かす小説にも似た知的快感を与える。
 ついでに多重人格がでてくるミステリをもう一つ。殊能将之『ハサミ男』(講談社ノベルス、1999年)。こちらは、多重人格そのものをテーマにした小説ではないが、実に効果的に多重人格(もどき?)が使われている。
 女子高校生にハサミを突き立てる連続殺人が起きる。このサイコキラーはマスコミによって「ハサミ男」と名づけられるのだが、物語は、この「ハサミ男」がターゲットの女子高生をつけ狙っていたところ、彼女の殺人現場に出くわすというところから始まる。そして何と死体には自分が使うはずだったのと同じハサミが突き立てられていたのである。「ハサミ男」は、はからずも「にせハサミ男」を突き止める探偵役をする羽目になるのである。
 読んでいくと「ハサミ男」には「医師」と呼ばれる別人格(ハンニバル・レクターのパロディ)があることがわかるのだが、こちらは主人格の「ハサミ男」にペダンティックな議論を吹っかけたりあれこれ指図したりするから、本来の意味での「多重人格」ではないと言えるかもしれない。しかし、これはこれでブラックなユーモアの効果があるし、何よりもあることの目くらましになっているのである。
 一方「ハサミ男」を追う警察の側にはアメリカでプロファイリングを学んで帰ってきた「マルサイ」(と陰口をたたかれている)こと心理捜査官が出てくる。彼の指揮のもと、警察は「ハサミ男」を追い詰めようとするのだが、ラストに至って物語の構図は反転に反転を重ねて…
 ここで使われている技法は私にとっておなじみのものだったのだが、完全に引っかかってしまった。それだけ強烈なミスディレクションをもった小説だ。まぁ「ハサミ男」が「にせハサミ男」犯行の現場に出くわすという冒頭が偶然に頼りすぎていて玉に瑕ともいえるが、それに目をつぶれば、ここでのテーマに関する著者のシニカルな視点が伺われて思わずニヤリとしてしまうのである。あと、タイトルを初めとしてさりげなく出てくるロックに関する薀蓄もグッド。この著者の最初の作品だが、最高作。いずれ他もまとめて紹介してみたい。

 なお、ここで取り上げた本は心理人間学科合同研究室「高丘塔文庫」で貸出しをしています。

(加藤)

石川 實 著『黒板の文化誌』

 明けましておめでとうございます。1年は、何と早く過ぎてしまうものか。何もできないままに過ぎてしまった1年でありました。昨年も確か1月ごろに「おすすめ情報」欄の分担がまわってきて、初めての分担でもあり、また入試が近いこともあって、少し時間をかけて南山大学までのアクセスについての力作(?)をものしたのではありますが、それがもう心理人間学科のスタッフをひと回りして、また私の順番であるとの連絡を、昨年12月中旬に受けたのでありました。1年過ぎるのも早いのですから、正月前後の2週間などあっという間であります。1月7日の締め切りを明日にして、“あたふた”とこれを書いております。
 私は大学まで1時間半もかかる西三河のN市に住んでいるのですが、“あたふた”状態の時には、市立図書館に行って開架の書棚を全部、かなり時間をかけて眺めることにしています。やはり図書館ですから、私の“あたふた”状況を脱する情報にあふれているのであります。南山大学の近くに住んでいる時には、名古屋市の鶴舞図書館をこのように利用していたのでありますが、今住んでいるN市図書館の開架書棚も結構充実していて、利用しやすくなっています。皆さんも、何かに行き詰まった時には、図書館の開架書棚をかなり時間をかけて、隅々までチェックするといいですよね。
 これでおすすめ情報を終わりにするんかいな!・・・という同僚皆さんの声が聞こえてくるようなので、N市図書館開架書棚で目にとまった本を1冊紹介、石川 實著『黒板の文化誌』(白順社、1998年刊)です。
 学生諸君からの授業評価で、「板書をもっと丁寧にしてほしい」と指摘されているわが身にとっては、必読の一書と思って手にしたわけでありますが、やはり大変に参考になりました。
 あの著名な斉藤喜博の論はもちろん紹介されていて、「教師だけが一人ずもうをとり、いい気持ちになってしゃべりまくっている授業」の場合、「板書は、教師一人演舌の姿のままで、ななめに書いたり、横に書いたり、右上、左上というように黒板いっぱいに乱雑な文字でうまってしまう。このような乱雑な粗雑な気分的な授業での板書は問題外である」と指摘しています。なんとも私にとっては、「そのとおりです。まことにすみません。」と思わず俯いてしまいそうです。それでも本書は、この斉藤喜博でさえも批判されてしまう、本当に色々な実践教育に携わった先達の板書論が紹介されています。
 やはり板書は、職人的技術ともいうべきところがあり、かなり早い段階から理論を学んで、自己に適した方法を見つけて、習熟しておく必要があると思います。その点で、今皆さん学生の時に、この一書を「おすすめ」しておきます。

(榎本)

情熱大陸

 今回のおすすめ情報ですが、「情熱大陸」というMBS毎日放送の番組ご紹介しましょう。もちろん、すでにご存知で見ている方もおられるでしょうが。東海地方では、日曜日の午後11時からCBCで放送しています。
 特にこれといった特徴はない番組です。速報性や新奇性などもありませんし、今までの番組にはなかった工夫や目新しさも感じられません(それが工夫なのかもしれませんが)。とてもオーソドックスな構成のように感じられます。それでも、見ていると力を感じます。とても押し出してくる力が強いのです。
 各界の著名人が取り上げられ、インタビュー含めたドキュメンタリーのように仕上げてあります。それを見ていると、人間の強さやしなやかさ、過去・現在・未来、考え方や生き方など、よくも悪くも強く伝わってきます。「それに引き換え私は…」と感じるときもありますし、勇気づけられることもあります。人間の発達に興味のある人間には、また別の見方もできます。30分で人間観察ができたように感じられる、とても面白い番組だと思います。
 なお、番組のHPもあります。過去に取り上げた人たちの一覧と語録が掲載されています。残念ながら、ここではあまり力を感じません。実際に番組を見るのが一番だと思います。

(浦上)

パラサイト・シングル

 今回の「おすすめ情報」は、パラサイト・シングルについてです。
 厚生労働省が行った初の実態調査の結果が、このほど公表された事に基づくお知らせです。

1.ご承知のように、パラサイトとは、居候、食客、寄生動(植)物などを意味する英語です。したがって、パラサイト・シングルとは、明確な定義はまだありませんが、一般的には社会人になってからも親と同居を続け、未婚のまま食事や掃除など身の回りの世話を親に頼る若者を指すとされています。わが国においても近頃では、新しい社会現象として注目され、雑誌などで多く取り上げられるようになっています。

2.厚生労働省から公表された実態調査結果は次の通りです。
 a.2000年6月時点で、学生を除く18歳以上の未婚の子供が同居する2667世帯と、子供本人約3400人を対象としている。
 b.対象とされた子供の年齢は、20代が2158人(63%)、30代が713人(21%)であった。
 c.そのうち63%がフルタイムの仕事に就き、アルバイトの人なども含め69%が月額28,500円を家計に繰り入れていた。
 d.世帯収入が低いほど繰入額は高くなる傾向がみられた。
 e.その一方で、世帯主の年収が800万円以上の場合、本人の年収が300万円以上あっても家計への繰り入れが0という子供も1%(36人)いた。
 f.一戸建ての持ち家率は76%、子供の88%が専用の部屋を持つなど、住宅環境にも恵まれていた。

3.この実態調査では、子供が生活費を一部負担するなど、親への一方的依存ではない側面も明らかになったのですが、同時に独立しない若者と、それを許容する親という新しい家族像が生まれつつあることも浮き彫りになっています。
 厚生労働省は、この実態調査結果から、パラサイト・シングルを生んだのは、次の三点と分析しています。
 a.今、わが国では、独身者に結婚を迫る社会的圧力が減少している。
 b.一般的に結婚に至る年齢が高くなり、親元を離れる時期も遅くなっている。
 c.親元の住宅では部屋数が増えていることなど、同居の受け皿がある。

4.パラサイト・シングルよりも、もっと切実な問題を含む社会現象として、老親が子供やその家族に生活上の世話を受けたり、介護してもらうという従来型の寄生関係があります。パラサイト・シングルの裏返しとでも言うのでしょうか。私自身、こうした状態に陥るのもそんなに先の事ではないと思い、情けなくなります。

(梅垣)

体育施設利用のおすすめ

 学内にある体育施設は屋外では、グラウンド・野球練習場・テニスコートなどがあり、屋内としては、体育館・体育センター(メインアリーナ・多目的ホール・剣道場・卓球場・柔道場・プールなど)があります。授業で使ったことがあるか、課外活動で使用する場合を除いて、ほとんど使う機会がないのが現状のようです。「学生生活案内」の64頁に、施設ガイドとして紹介されていますが、スポーツ用具の貸し出しをしている学生係の話では、あまり使われていないとのことです。体育実技や課外活動以外で、運動をしたいと思っている人に、そのための機会や情報を提供する組織があります。それは、スポーツ・サービス・ルーム(SSR)と呼ばれており、体育学教室と学生課がタイアップして、体育センター事務室に、担当者を配置しています。SSRでは、体育センター1階のトレーニング・ルームの使用希望者を対象に、機器の使用方法や安全で効果的な実施方法を把握すること目的に、トレーニング講習会を実施しています。その日程や申し込みなどについては、体育館の学生係窓口でたずねてください。また、プールは大学の施設ですが、スピン(SPIN)に業務委託をしており、会員制で運営されていますので、利用時間帯に制限がありますが、使用料は必要がなく、年間を通して利用できる室内の温水プールですから、大いに活用してほしいものです。詳細については、プール受付に問い合わせてください。
 体育施設は図書館や教室と同様に、大学の施設ですから課外活動で占有すべきものではなく、使用を希望する人に対して、その機会が与えられることは当然だと考えられます。しかし、優先順位や使用のための条件がありますので、利用したい場合は担当窓口で、指示を受けた上で、言うまでもありませんが使用心得を守って、事故やトラブルを起こさないように注意することが必要です。

(岩見)

温泉外来入浴の巻

 秋は温泉の季節であります・・・という書き出しで、昨年の11月にもオススメ情報をお届けしましたが、アッと言う間に一年がたって、再び温泉の季節が巡ってまいりました。『秋ぴあ』は相も変わらず温泉特集を組んでいますし、先月には『温泉主義』なる季刊誌も創刊されました。前回は近場のスーパー銭湯をオススメしましたが、今回は温泉旅館・ホテルの日帰り利用、つまり外来入浴の特選3湯を紹介したいと思います。
 昨年秋のおすすめ情報、教員エッセイのバックナンバーを合わせてご賞味いただければ幸いです。

【ホテル竹島】
 実は、今夏のゼミ合宿に使ったホテルで、2泊3日の間に5回(!)のお風呂を堪能して、ゼミ生にあきれられたのがココ。浴室内の各種設備は多彩だというわけではなく、むしろシンプル。大浴槽、露天風呂、半露天の桧風呂にサウナ(午後4時〜8時)があるだけのそっけない構成であるが、立地に恵まれたしかるべきホテルがきちんと作れば温泉として充分心地良い、という見本である。
 きららの湯(女性用は“うららの湯”)と名付けられたぬるめの桧風呂に身を横たえて、三河湾に浮かぶ竹島を眺めている瞬間は至福だが、水風呂がキリっと冷えていないという問題点が残されている。
 源泉(源泉名を“美白の湯”と命名するのはちょっと図々しい)はアルカリ性単純泉(低張性アルカリ性低温泉)で、枯渇した旧源泉に代わって、海岸より山側に少し入った原山地区の地下1200mから引いているという。海岸地帯には珍しく、塩分・カルシウム分の少ないのが“美白泉”とした理由とか。
 入泉料には飲み物券が付くが、指定されたソフトドリンクのみに使用可能で、「差額を足しますから、ビールに代えていただけませんか?」としごく当然の申し出を、きわめて官僚的な対応で断ってきたのは、実に遺憾であった。こんな杓子定規の取り扱いが“抱き合わせ商法”と“心づくしのサービス”との別れ目になるのでアル。のんびり、ゆったりのためには、いわゆる休前日や休日を避けた利用がオススメである。
【概要】
蒲郡市竹島海岸、電話0533-69-1256、深夜0時まで(午前10時から正午までは清掃のため不可)、無休、1000円(貸しバスタオル、1ソフトドリンク付)、石鹸・シャンプー有り

【愛知健康の森 もりの湯】
 穴場で、しかも県内屈指の名湯ではないかと思っている。設備そのものは中程度の大きさの浴槽1つとドライサウナに水風呂という、いたって簡素なものであるが、源泉がそのまま用いられているらしく、わずかに白濁したヌルヌルのお湯は素晴らしい。
 地下870mから日量158トン湧出するという源泉は、掛け流しで、浴槽や床には石灰質がこびりついている。泉温は43.3度(除鉄後は41.7度)だから、ほぼ加熱しないでも使用できる温度である。泉質はナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉(高張性弱アルカリ性温泉)で、舐めてみるとかなり塩辛い。
 ここは「あいち健康の森」の健康宿泊館なる建物の4階に位置し、眺望もまぁまぁであるが、もう少し設計を考えたら絶景の温浴施設になったのに・・・と思うと、少し残念な気もする。利用時間等も含めて、このあたりが公共施設の限界であろうか。
 下足箱とロッカーの鍵は共通になっており、奇数番号の下足箱にすると上段のロッカーが使えて便利である。湯上がりには、1階のラウンジ「ボア」で生ビールを飲むこともできる。
 昨年末、ここの西隣に「あぐりタウンげんきの郷・めぐみの湯」 が開湯して以来、比較的空いているというのも、オススメ・ポイント。お隣のようなカルキ臭さもない。
【概要】
知多郡東浦町大字森岡字源吾山1−1、電話0562-82-0211、午前11時〜午後9時(但し休館日の前日(日曜)は午後5時まで)、月休(祝日の場合は翌平日休)、600円

【サンヒルズ三河湾】
 地方職員共済の運営する公共の宿である。99年10月から、お隣の「ひがきホテル」から天然温泉の“もらい湯”が実現した。設備はそれほど豪華というわけではなく、浴室も中くらいの大きさの浴槽が1つあるだけである。
 しかしながら、維持管理がきちんと行き届いていて、さっぱりとした清潔感あふれる施設で、気持ちよく利用できるだけでなく、何より利用料金がリーズナブル。昼食+入浴というコースもゆったりできる。
 三谷温泉街北側の高台に位置し、浴室からは竹島を見下ろし、、後ろに三ヶ根山、左に蒲郡市街、左に西浦半島を望むことができる。手前の竹本油脂の工場がちょっと目障りだけど・・・。
 泉質はカルシウム・ナトリウム塩化物泉(低張性アルカリ性低温泉)で源泉の温度は31.5度。おそらく源泉100%ではなく、薄められていると思う。
【概要】
蒲郡市三谷町南山1−76、電話0533-68-4696、午前8時から午後10時、500円(タオル付き、なお昼食付きも有り、夏季はプールも開業)

(石田)

「朝」の日の光

     すすめ下手である。しかし、人の推薦状を書くのは得意である。早い話、人のあら捜し以上に、その人の可能性を見るのが好きなのである。予感もある。てんびん座の特性でもあるらしい。
食べ物や何につけても、「これいいよ」などと軽く言えないのである。「私にはいいけど、もしよかったら・・」などといっているうちに、相手はその気がなくなることだろう。だから、この「おすすめ情報」というのは、かなり、自分の表現法としては無理している。すすめるというのは、良いからすすめるということだろうか。「良い」と断定する正義感が私には弱い

     さて、情報の視点として。「朝」の日の光。。。。。

此れは、からだも心もすっきりする.大学生は、時間割が早朝からではなくなり、「自由」の訓練場のような大学生活におぼれ始める。ま、老後の時間管理のトレーニングだと心得ていても良いかもしれない。「朝」きちんと起きなさい、などと口が避けても言わないが、(私は、朝起きはそんなに得意な方ではない)が、朝日に会いたい、と思って朝早く起きることがある。「起き上がる」のは、やはり、相手あってのことのように思う。ノルマ・義務感からの仕事や人や物事のためには、なかなか体が起き上がらないものである。いや、義務感や正義感の強い人はこの限りではない。
     たまに帰省する我が家の朝日は美しいのである。朝日が望めない方角の日々が、続く場合は、東の方向にからだを向けて起きるようにしている。地球磁場とあなたの磁場で、朝日とあなたが向かい合えば、からだは「朝日を体ごとで見ている」も同じことなのですから。ただ、「眼で景色などをみると、なんだか朝日を見た気になるだけのこと。見たと納得すると、からだも見た気になるけれど、実は、眼は見たというシンボルを自覚する助けをしているだけで、実は、朝日とあなたは、毎朝、雨の日も風の日も、じつは、出会っているのだと思う。見えないものを見る訓練にもなる。まさに、心に太陽をである。
    ですから、日本時間で日の出の時刻に、体も一緒に起き上がっていると、あなたはお日様と行動を共にしていることになる。此れを、自然体ととるか、そんなの不自然ととるかは、その日のあなたのコンディションによるかもしれないが、社会や人々のリズムにあわせた生活も大事だけれど、時には「お日様」のリズムとあわせてみると、また、世界や物事の見え方も広がったり深まったり狭まったり集中したりして、昨日のあなた・今日のあなた・明日のあなたに、一条の光が指してくるやも知れません。
    西に沈む太陽は、い〜ち、に〜い、さ〜ん、の3秒間で大体沈む.南山大学の研究室や教室や廊下で、たまたま目にする夕陽と夕焼けは実に美しい。そして、あの空の色彩は、人が休養したり悟りを求める色とも言われている.ひとは、緊張して集中するだけでなく、気持ちやからだを緩和してリラックスすることでも、悟ったり、気づいたり、学習しやすくなるそうだ。 チベット仏教の袈裟は橙。なぜ?

(アッセマ)

最近小学校に行ったことありますか?

 先日東浦町立の緒川(おがわ)小学校に行ってきました。この小学校は毎週火曜日の午後に学校見学会を催しているので、学生数名と一緒に見学に行ってきたのです。
 このホームページにアクセスしたあなたなら教育に対する関心も高いと思いますが、緒川小学校というのはオープンスクールで全国的に有名な小学校です。えっ!知らない? 管理教育で名高い愛知県の中で、25年前から個別指導と個性教育に取り組んでいる公立の小学校、というだけですごいでしょう。
 教室はカーペット敷きで廊下側の壁のないオープンな構造なので、机に坐っている子も廊下を歩いている見学者もみんな丸見え、本当に開放的です。教室の中で一斉に先生の話を聞いてノートに書くというような勉強のスタイルではなくて、一人一人が自分の好きな場所で自分の学習段階に応じた課題に取り組んで、その結果を先生に報告して確認してもらうとういう方式での学習が多いのです。分からないところは先生の所に行って教えてもらったり、本で調べたり、単元ごとの授業ビデオを見て一人で勉強してもいいですし、友達に教えてもらってもいいのです。
 もちろんクラス単位や学年単位や学校全体で取り組む学習活動も大切に設定されていますし、学校の中には教室6つ分くらいの広い多目的室や2学年に一つプレイルームという自由に使える空間があります。パソコンや図書もプレイルームや教室に置いてあるので、特別室に行かなくてもすぐ使えてしまうというわけです。
 授業は85分を1ブロックとして午前2ブロック午後1ブロック、まるで大学みたいな時間割ですが、細切れにならずに自分のペースで取り組めるのでいいようです。時間割は学年単位で先生方が相談して毎週作るのです。来週の算数の単元はどういう授業形態で教えようとか総合学習の時間をいつ入れようとか、なんとかかんとか・・・。そして、チャイムを鳴らさない、というのも時間に縛られる感じが少なくていい感じでした。
 先生たちはチームティーチングでの授業に慣れているので、お互いが自然体で協力できているようでした。オープンタイムという自主プロジェクトの時間には、ボランティアのお母さん方が得意なことを子供たちに指導するために来ていました。こういう地域とのつながりが、特別なイベントとしてでなく日常的な授業の中で行われているのもいいですね。
 私たち見学者が教室を廻っていても生徒たちは慣れていて、挨拶や質問への応答がとても自然で構えたところがないのが印象的でした。子供たちにとって本当に学校が楽しい所になっているようでした。しかし公立校なので転勤してくる先生方の中にはこういう開放的な教育の場が苦手という先生もいるということでした。
 何よりおもしろかったのが、なぜ緒川小学校がオープンスクールになったのかという理由でした。先生方が教育の理想に燃えて討議を重ね、教育委員会を動かし、町を動かしてこの学校を作ったのかと思いきや、たまたま町長がアメリカに視察に行き、小学校の校舎に惚れ込んで、ちょうど老朽化して立て替えになる緒川小学校の校舎を、アメリカで見てきたオープンスクールのようにしたからだというのです。先に建物ありき! 当時の先生方は建築中の校舎を横目に見ながら、プレハブ校舎の中で大慌てでオープンスクールというものについての勉強を始めたのだそうです。大変革は逃げられない状況に追い込まれないと始まらないのかもしれませんね。
 もしこういう学校に興味があったら思い切って見学を申し込んでみませんか。私はもっといろいろな学校を見学してみたくなりました。

連絡:緒川小学校の教頭先生へ 0562−83−2034  
参考文献:緒川小学校著 「個性化教育へのアプローチ」  明治図書 1983
     緒川小学校著 「自己学習力の育成と評価」 明治図書 1985

(山口)

オルガン音楽

 オルガンにはリードオルガンとパイプオルガンがある。どちらも風を送って音を出すことに変わりはない。リードオルガンは金属の舌(リード)を振動させ、パイプオルガンは文字通り管(金管。木管、竹管もあるとか)に送風して音を出す。と解説めいたことを書いてもこれは周知のことであろう。小学校や中学校で教室または音楽室のオルガンにさわった経験は誰にもあると思う。それはリードオルガンだったと思う。パイプオルガンは昔は実際のものを見たことも聴いたこともない人が多かったと思う。戦後日本にはパイプオルガンを設置したホールが多くなったそうである。杁中の南山教会にもある。ヨーロッパではオルガン音楽はバロック時代に全盛時代を迎え、スヴェーリンク、ブクステフーデ、バッハなどが大活躍をした。パイプオルガンは教会音楽と切り離せない。教会堂の構造によって音楽効果が決まることは、素人考えで言えば、ちょうどスピーカーの音響効果がそれを入れる箱によって決まるようなものであろうか。あるいはスピーカーボックスが置かれる部屋の構造によって音が変わるのと同じとも言えよう。
 前置きの方が長くなったが、私の好きなオルガン曲を紹介したい。それはヨハン・ゴットフリート・ヴァルター(1684−1748)の「パルティータ・イエスはわがよろこび」と「メック氏の協奏曲・ロ短調」である。ヴァルターは、ある解説によると、ヴィヴァルディ、テレマン、バッハ、ヘンデル、D.スカルラッティなどと同世代の人であり、特にJ.S.バッハとはいとこの関係にあり、深い友情で結ばれていたという。「イエスはわがよろこび」はヨハン・クリューガー(1598−1662)の同名の曲に基づいて作られたもので、バッハにも同名のオルガン曲がある。壮大さと繊細さ、哀愁が聴く者の心を打つと思うが、一度聴いていただきたい。私の持っている盤はエラートのCDでフィリップ・ルフェーブルの演奏である。「メック氏の協奏曲・ロ短調」はマイエンスのヴァイオリン奏者メックの協奏曲が原曲で、イタリア的な明るさを感じさせる曲である。同じくエラート盤でマリー・クレール・アランの演奏である。
 大きな装置で聴くと迫力があるが、しかしCDラジカセでも結構楽しめると思う。バロックオルガン音楽の奥行きは深いと思う。

(三上)

「日本の唱歌」散歩

 私たちの世代の特徴であるのかどうか分からないが、何かのときにふと口に出る歌が、童謡や文部省唱歌など、昔の唱歌であることが多い。
 明治、大正期の唱歌は、流麗な旋律とあいまって、文語詩の美しさをよく伝えている。

 一面では、文語ゆえに、耳で聞いただけでは意味がよく取れないこともある。
 NHK・FMに「おしゃべりクラシック」という番組がある。俳優の渡辺徹さんと女性音楽家との軽い会話をはさみながら、クラシックの曲を流していく番組である。
 その趣向の一つに、「こんだらコーナー」というのがある。これは、「思いこんだら」の意味であるようで、歌詞を別の意味に理解し信じ込んだまま長年過ごし、ある日、本来の意味に気づいたという、リスナーの経験を紹介するコーナーである。
 例えば、文部省唱歌「故郷」(大正3年)の冒頭、《兎追いし》を「兎を食べるとおいしい」と思いこんでいたり、同じ文部省唱歌「浦島太郎」(明治44年)の4番《帰って見れば、こは如何に》を《帰って見れば、怖い蟹》と長年おぼえていたといった類である。
 私も、「あおげば尊し」(小学唱歌、明治17年)の《今こそ わかれめ》を、係り結びとは知らず、《別れ目》の意で歌っていた。
「さあもう別れよう」と「今が別れ目だ」とでは、確かにニュアンスに相違があるようにも思う。 
 また、唱歌の中には、意味が分かりにくいこともあって、子どもの間で、替え歌がときどき生まれる。
 例えば「大楠公」(落合直文作詞、明治32年)の冒頭、《青葉茂れる桜井の里のわたりの夕まぐれ》を、《あおばシゲちゃん昨日(さくじつ)は、いろいろお世話になりました》に替えて歌った記憶がある。忠臣楠正成、正行(まさつら)親子の涙の別れの物語と知っていながら歌って、叱られたりするのである。
 また、「夏は来ぬ」(佐佐木信綱作詞、明治29年)の5番は難しかった。漢字仮名交じり文で読むのならまだしも、いきなり歌を聞くと、《さつきやみほたるとびかい、くいななきうのはなさきて》となる。歌詞を文字で見ないうちは、「蛍」なのか、「みほたる」なのか、「クイナが鳴く」のか、何かが「イナナク」のか、なかなか納得がいかなかった。
 さらに、この歌の1番は、《うの花のにおう垣根に 時鳥(ほととぎす)早もきなきて、忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ》であるが、ふだんは、《忍音もらす》を茶化して、《しょんべん漏らす》と歌っていた。音楽の時間、私たち何人かの悪ガキどもが、斉唱に紛れて《しょんべん漏らす》と歌って、先生から大目玉を食らった。「もらすのはおしっこに決まっている」と言ってみても、名詩を冒涜した言い訳になるはずもなかった。

ところで、明治期の唱歌には、カタカナ外来語は少ない。(ステッセル、ラインなどの人名、地名は除く。)
 「鉄道唱歌」(大和田建樹作詞 明治33年)の《汽笛一声新橋を》で始まる東海道篇(全66番)に、ステーション《ゆけば横浜ステーション》《とまれば七条ステーション》、ドック《見よやドックに集まりし》、トンネル《いでてはくぐるトンネルの》《世界は夜かトンネルか》の3語(延べ5語)が見える。また、「電車唱歌」(石原和三郎作詞 明治38年、全52番)にも、パノラマ、ステーション(2カ所)、ガス燈の3語(延べ4語)がある。
 さらに、「戦友」(真下飛泉作詞 明治38年)に、《空しく冷えて魂は くにへ帰ったポケットに》とあり、「七里ヶ浜の哀歌」(三角錫子作詞 明治43年)には、《ボートは沈みぬ》とあり、「汽車」(文部省唱歌、明治44年)に、《思う間も無く トンネルの》とある。
 明治期の唱歌に登場するカタカナ外来語はだいたいそれくらいである。
 唱歌から外来語定着の程度がほの見えるのも面白い。
 昭和に入るとさすがに増える。
 文部省唱歌を年代順に追ってみると「ポプラ」(昭和7年)に、《高い空に 突っ立つポプラ、》とあり、「チューリップ」(昭和7年)には、《チューリップ ノ ハナ ガ》とあり、「スキーの歌」(昭和7年)に、《スタートきれば》、《ストックかざして》などが見え、また、「動物園」(昭和7年)には、《ライオンも 虎も 眠っているが、》や、《鵞鳥のかなでるオーケストラに よちよちダンスを あひるが踊る。》などが見える。 
 さらに、一般の唱歌、流行歌にも、外来語はその種類を増やしていく。
 「一杯のコーヒーから」(藤浦洸作詞、昭和14年)の2番の歌詞、《一杯のコーヒーから 夢はほのかにかおります 赤い模様の アラベスク あそこの窓の カーテンが ゆらりゆらりと ゆれてます》といったぐあいに。
 やがて日本は、昭和16年から大戦に突入し、カタカナ外来語が使いにくい時代に入っていくのである。

 日本の唱歌に興味のある方は、『日本唱歌集』(堀内敬三・井上武士篇、1958年、岩波文庫)、『日本の詩歌別巻日本歌唱集』(1974年、中公文庫)を。

(松原)

バランスの良い食事

 今日一日の食事はどんな食材でしたか。現在 私達は過食の時代を過ごしているのに20代の女性に5人に1人は朝食を摂って無いと言われてます。朝食は1日の活動源だからしっかり食べることです。朝は血糖値が低く、エネルギー不足になります。
 食事のリズムから健かな生活リズムを作りましょう。食事の内容は主食、主菜、副菜、汁物を基本型にします。そして素材を5色の食品が食卓に並ぶように、食材を選び調理しましょう。

5色の内容とは
赤…牛肉・赤身魚・トマト・イチゴ・人参など野菜類・エビ・カニ・唐辛子
緑…ピーマン・ブロッコリー・小松菜・キュウリ・枝豆など青々とした野菜類
黄…レモンなど果物類・卵・チーズなどのたんぱく源・カレー粉・トウモロコシなど
白…ご飯・パン・めん類など主食以外では白身魚・豆腐・牛乳・大根・にんにく・イカなど
黒…ペッパー・ゴマ・黒豆・のり・ひじき・わかめ・こんぶなど海草類

 味は甘・酸・苦・辛・塩辛・の5つの味で見た目も中身をバラエティーにしたいものです。インスタント食品の栄養は糖質と脂質偏重でたんぱく質やビタミン・ミネラルはほとんど含まれてなく、エネルギーオーバーの上、食塩や添加物が多いので気を付けましょう。
 ファーストフード店や外食が多い現代の食生活で生活習慣病にならないようにバランスよく栄養を考えましょう。

(松岡)

夏のお手軽クッキング二品

 暑い夏場は、キッチンでなるべく火を使わず手早く作れるものがいいですよね。そこで、以下に、火を使わずあっという間に作れるおかずを二品紹介します。

・かぼちゃのグラタン風
 かぼちゃの種を取りさいの目に切って小鉢に入れます(好みによっては皮をむいたものにしてもよい)。電子レンジで2〜3分、かぼちゃがやわらかくなるまで加熱します。レンジからいったん取り出し、加熱したかぼちゃの上にピザチーズを適量のせて、チーズがとろけるまで再び加熱してできあがり。パセリやバジルのみじん切りをのせると、彩りがきれいです。

・きゅうりの韓国風浅漬け
 きゅうりを乱切りにし、塩もみしてそのまま5〜10分ほど置きます。その間に、みじん切りのにんにくとねぎ、すりおろしたしょうが、しょうゆ、ぽんず、ごま油、こしょう、豆板醤を好みの量で合わせます。そこに先に用意したきゅうりを加えて混ぜ、重しをして10〜15分ほど置いてできあがり。仕上げに白ごまをふっても良いです。

 この二品は、私がいろいろなところでいろんな人に食べてもらいましたが、総じて評判の良かったものです。みなさんもどうぞお試しあれ。

(林)

チャーハンを作ろう

 チャーハンを作ったことがありますか? 作ったことはあるけれど、どうしてもベタついてしまってオイシクなかったという人はいませんか。コツを知っていれば、初めてでもパラパラのオイシイチャーハンができますから、是非挑戦してみてください。
 まずは、使うゴハンの状態が大事です。熱くて水気の少ないゴハンがベストですが、炊きたてのゴハンは、あらかじめ水を少なくして炊かねばなりませんので面倒です。保温状態の残りゴハンがもっとも無難だと思います。でも、事前にオシャモでしっかりほぐして、できるだけ水気をとばすようにしましょう。この作業はとても大切です。
 次のポイントは、中華鍋をできるだけ高温にすることです。プロの厨房と違って、家庭の火力は弱いので、じっくりと鍋を「カラ焼き」しなくてはいけません。煙がたってきても、なおカラ焼きを続けます。そこまで待ってから、油を注ぎます。あっさりと仕上げるには太白ゴマ油が最適ですが、もちろん普通のサラダオイルでもかまいません。鍋全体に油を回してから、最初に入れるのは溶きタマゴです。これを流し入れながら、すばやくオタマでかき混ぜるようにしますが、鍋を十分にカラ焼きしていないと、タマゴが鍋にこびりついて焦げてしまいますから、注意してください。
 さあ、ここからは忙しくなります。すぐにタマゴがフワーと柔らかく固まってきますから、この時に素早くゴハンを入れます。ゴハンを入れるタイミングはなかなか微妙ですが、タマゴを入れてからおおよそ10秒前後でしょうか。モタモタしていると、タマゴがかたくなったり焦げたりしてしまいます。オシャモでゴハンを少しずつ入れていては、とても間に合いませんので、ゴハンは一気に入れてください。そして、タマゴとゴハンをよく混ぜ合わせます。この時、油を吸ったタマゴが、ゴハンの一粒一粒にオイル・コーティングをしてくれるので、パラパラのチャーハンになるのです。
 あとは、好みの具を入れればいいのですが、私の場合はハムとチクワ、それにシラスなどを使います。ハムは、私のもっとも重視する材料で、生ハムか金華ハム(中国ハム)を常用しています。シラスは、柔らかいタイプのものを使いますが、水に漬けて塩抜きをした後、キッチンペーパーで水気をよく吸い取ります。一手間かかりますが、そうしないと、全体がベタついてしまうからです。
 これらの材料は、米粒より小さくなるまで、すべてミジン切りにします。面倒な時は、フード・プロセッサーでしますが、シラスを一緒に入れるとペースト状になって美味しくないので、シラスだけは包丁で刻むようにしています。奮発してカニ肉を用いる時は、ミジン切りにしてしまうと値打ちが下がりますから、例外的にそのまま用います。
 さて、前もって準備をしておいたこれらの材料を鍋に入れ、全体に混ざったところで味つけをします。胡椒は少々入れますが、塩は使いません。ハムに十分塩気があるので必要がないからです。旨味を出すのに欠かせない調味料が、オイスター・ソースですが、ただし入れ過ぎると甘みが強くなってクドくなるので、慣れるまでは、味見をしながら少しずつ加えていくようにするといいでしょう。気分によって私は、オイスター・ソースのかわりに、梅肉を使うこともあります。
 最後に、刻んだ細ネギ(またはアサツキ)と大葉を加えると、彩りもよく風味も増します。火を止め、器に盛ってこれで完成。うまくいった時は、自己愛的気分に浸れますし、イマヒトツの時は、次回成功へのウツボツたるパトスが湧いてきます。夏の間に是非一度お試しください。

(長谷川)

夏はやっぱりエスニック!

 暑くなってきました。夏は食欲が落ちたりバテたりしますよね。こんな時こそ、刺激的なエスニック料理で栄養補給を!ということでエスニック料理について紹介します。
 エスニック(=ethnic)という言葉は「民族的な」という意味なので、本来は日本料理や欧米の地方の料理もエスニック料理に入ると思います。でも、エスニック料理というと一般的には、アジア(特に、韓国、タイ、インドネシア、インド、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど)、中近東、メキシコ、アフリカの料理を指しているようです。
 以前のおすすめ情報で僕はエスニック料理の簡単な作り方を書きました。今回は「作る」ではなく「食べる」を紹介してみたいと思います。
 まず一番目、タイ料理!辛さと酸っぱさと甘味が一度に味わえる刺激はたまりません。僕はタイ料理の中でもプーパアポンカリー(蟹のカレー炒め)が大好きです。渡り蟹をカレーパウダーで炒め、卵を絡ませる料理で、カレーのほんのりした辛味と卵の甘味、そして蟹の旨みが溶け合い最高です。この前の春も、パキスタンでの仕事帰りに経由地のバンコクでこれを食べてきました。名古屋では、鶴舞の「サワデーすみ芳」、名駅の「ロイヤルバンダイ」などで食べることができます。蟹だから口や手がベタベタになってしまいますので、お気をつけください。
 二番目はパキスタン!パキスタン料理は基本的にはインド料理と同じです。ただ、パキスタン料理には宗教上の関係で豚を使いません。仕事で合計3回パキスタンに行きましたが、本場のカレーは安くておいしかったです。カレーとナンで150円ぐらいです。ナンは何と1枚2円ぐらいでした。現地では、日本で食べることができる「マサラ」という普通のカレーの他、「ジンジャー」「コルマ」「カライ」など、いろいろな種類のカレーがありました。「ジンジャー」は文字通り“生姜”ですが、細く切った生姜を入れ、すっきりとした味とほんの僅かの辛味が中心の味でした。その本場のパキスタンカレーが川名の「ラージャ」で食べられます。コックさんは全てパキスタン出身で、「チキン・ジンジャー」などのパキスタンカレーがメニューにあります。
 最後はインドネシア料理。インドネシアは、少し辛く目玉焼きがのったチャーハンの「ナシゴレン」、焼き鳥の「サテ」などが有名です。僕が食べてみて最もおいしいと思ったのは、牛のスペアリブのカレー煮込み。名東区一社近くの打越交差点付近「バリハウス」で食べられます。
 以上、僕の大好きなエスニック料理3品でした。暑い夏をモリモリ食べて乗り切りましょう!

(中村)

「道草ウォッチング」のすすめ

 南山大学までの道は駅から歩いて約15分だが、途中はかなりの急坂がまちかまえている。大学内にも坂が多い。このところの暑さでは毎日かく汗もはんぱではなくなってきた。この往き帰りの道中を楽にする工夫はないものか、ということで最近始めた趣味のひとつをご紹介したい。題して「道草ウォッチングのすすめ」――
 みちくさを喰いながら歩くというより、文字どおり道端にはえている草をウォッチしながら歩く。自動車や自転車のスピードではぜったい味わえない楽しみがある。
 道端にはえる草といえば、いまはやりのガーデニングから見ればにっくき敵、邪魔者以外なにものでもない「雑草」である。つまりは嫌われものの草である。
 たいていの人が知っている雑草の代表は「タンポポ」だろう。根元の葉っぱに注目すると、地面をはうように葉っぱが放射状に拡がっている。これをロゼットというが、ロゼットの中心から真直ぐに茎を延ばして花咲く姿はなかなか美しい。
 成長の初めはロゼット状の葉がで、その後全く違う形の葉に変化してゆくものもある。成長の変化も見ていて楽しい。もちろんロゼットをもたない雑草たちもたくさんいる。細長い葉を叢生させるものも多い。それらをよく見ると、葉の長さも太さも葉の折れ具合などもそれぞれちがっていて、そこに個性がひかっている。
 雑草たちの名前を知ろうとして図鑑を見てもわかるまでに一苦労してしまう。どうにかさぐりあてた名前にも、「イヌ…」とか「アメリカ…」とか「…モドキ」なるものが多い。「イヌ」がつくのは〈役立たず〉、「アメリカ」がつくのは〈ガイジン〉(帰化植物)、「モドキ」がつくのは〈マガイもの〉の評価を受けて名付けられたものたちである。世間の評価は横において、少しの時間――通りすがりの一瞬間でも――これらの草たちに注目の目線を投げかけてやると「結構かわいいかも」なんて気もおきてくることもある。
 いまちょうど花が咲いて注目株は、「イヌホウズキ」(大型はアメリカイヌホウズキ)と「ヘクソカズラ」(屁糞蔓)。前者はナス科特有の白色の花弁から黄色い雄しべをつき出して可憐である。後者はフェンス等にまきつくツル性で花は鐘状の白色、内側中央は紅紫色のなかなか端正な花だ。
 雑草をとりあげる図鑑はとても少ないが、岩瀬徹『野草・雑草観察図鑑』成美出版1999年5月は役に立ちます。
 雑草たちとお友だちになれば、いよいよ暑くなってきた通勤通学の道行きも少しは楽しいものになってゆくでしょう。

(中野)

ラケットボールをやろう!

 みなさんは、体育センターの地下二階にあるラケットボールコートをご存知ですか。
 本学の体育センターが完成したのは、確か1988年であったと思います。まだバブルの崩壊前であったことも手伝って、体育学部をもたない大学としてはかなり立派な体育施設ができあがりました。設計にあたっては、体育学教室のスタッフの意見や要望をほぼ全面的に取り入れていただいたのですが、学長サイドから提案されて取り入れられたのが、ラケットボールコートです。
 このラケットボールコートは教職員の福利厚生施設として作られ、また1面のみであるために体育の授業等に使用できる規格でもなく、当初は教職員専用のスポーツ施設でした。しかしながら、せっかくのスポーツ施設を遊ばせておくのはもったいないと、1994年にスポーツサービスルーム(SSR)の働きかけによって、学生にも時間帯の制限はあるが、開放されることになったのです。開放された当初はその宣伝効果もあって、毎日たくさんの利用者がいましたが、最近ではかなり少なくなってしまったようです。夕刻などの放課後には教職員専用となるため、学生諸君が使える時間帯は、原則として授業時間帯となりますが、暇な時間帯があれば、友達を誘って一度使ってみてはいかがでしょうか。 
 ラケットやボール、そしてラケットボールには必需品のアイガード(眼鏡)は、体育館の学生係で貸してもらえます。ルールなどがわからないという人にも、ルールブックが用意されていますので、詳しくは体育センターのSSR窓口で聞いてみてください。なお、ちょっと練習してうまくなったという人は、中路に挑戦状をたたきつけに来てください。負けませんよ〜。

(中路)

上南戦観戦

 東京大学などは例外として、何処の大学でも不本意入学者は多い。しかし、それらの諸君も、やがてはそれぞれに折り合いをつけ、それなりに充実した学生生活を送っている。ところが、中には、いつまでも不本意感を拭いきれず、自分の本当の居場所はここではないとか、自分の周りに居る学生達は真の学友ではないなどと、自分から距離を置き、このの大学に中々馴染めないでいる人もいる様である。自分の本当にしたい学問が南山では出来ないのであれば、さっさと退学でもして、進路変更を図るべきであるが、ただ、第一希望校ではなかったと言うことだけで、大学に溶け込めないで居るのでは勿体ない。
 「虎穴に入らずんば虎子を得ず」との諺があるが、そんな人にお勧めしたいのが、文化会や体育会、各種サークルなどの課外活動団体への加入、或いはフレッシュマン祭や大学祭、上南戦や英南戦などの行事への参加である。学生生活におけるクラブ活動の意義については他の機会に譲るとして、ここでは体育会が熱く燃える上南戦について紹介しよう。
 今年で42回目を迎えるこの大会の正式名称は、上智大学、南山大学総合対抗運動競技大会で、両校の体育会が、男女合わせて26種目36競技に亘って勝敗を競い合い、総合優勝を争う大会である。勝てば学長をプールに投げ込んで歓喜し、負ければ実行委員長が丸坊主になって懺悔することが恒例のこの大会、開催は持ち回りで、今年は6月1、2、3の3日間、上智大学四ツ谷キャンパスを中心に開催された。結果は南山14勝22敗で残念ながら総合2連覇を逃した。私は昨夜遅く新幹線で帰名したが、選手諸君は大型バス23台を連ねて今朝早く、南山キャンパスに帰着した筈である。恐らく今日の授業では睡眠不足と遠征の疲れによる居眠りで、教授達のひんしゅくを買っているのではあるまいか。
 それはともかく、上南戦における応援合戦は凄まじい。とりわけ、バレー、バスケット、ハンドボールなどの室内団体競技では、母校の勝利のために死力を尽くして戦う両校の選手達を励まさんものと、応援団、チアガールはもとより、会場を埋め尽くした両校の学生達の応援合戦で、まさしく館内は興奮の坩堝と化す。監督やコーチの叫びに近い大声での指示も、大歓声にかき消されて選手達の耳には何も届かない。そんな中で、混乱し、思わず相手ゴールにシュートを放つといった珍プレーや、大声援に後押しされたオリンピック選手級の好プレーが続出する。また、勝って泣き、負けて泣く選手達の姿に感動を覚えるのもこの大会である。早稲田や慶応の学生達は、神宮球場のスタンドで肩を組み、校歌を歌えば、たちどころに母校に対する帰属意識が芽生えると言うが、南山では、この上南戦がそれと言えよう。
 若者の三無主義、五無主義と言った気質が批判されるようになって久しいが、若者に限らず、昨今多発する行きずり殺人などでは、周りに居たはずの人達の姿が見えて来ず、人々の人間社会への帰属意識すら希薄になっているのではと懸念される昨今ではある。
 残念ながら今年の上南戦は昨日で終わってしまったが、来年の今頃には第43回大会が名古屋キャンパスで開かれる予定である。野次馬根性だの、お節介だのと揶揄されても結構。体育会員ならずとも、自分の身近な存在である「南山大学」に、時には観戦者として関わってみるのもよいのではないかと、お勧めする次第である。
 「ゴーゴー、レッツゴー、レッツゴー、南山」「フレーフレー南山、上智を倒せーよー」南山生の大声援が、未だに耳に付いて離れない。

(寺田)

知っていますか?河島英五という男

 2001年 4月16日午前3時22分、一人の男が亡くなった。会ったこともない男だが、結構気に入っていた男である。その名は、“河島英五”。体がでっかく、一見無骨な男である。会って話したわけではないので、本当の姿はわからない。ギターをかき鳴らし、時にはピアノを弾きながら、1曲1曲を熱唱していた男である。
 彼の歌ったヒット曲には『酒と泪と男と女』、『時代おくれ』、そして『野風増』がある。これらのヒット曲以外にもたくさんの聞いてほしい曲がある。今なお青春を感じさせてくれる曲、いや今もどこか何かに抵抗していたい私そのまんまをあらわしているような『てんびんばかり』という曲。そして、『出発』。まっすぐ進もうとしている彼の姿が見えてくるし、彼がそうであるかどうかに関係なく、私自身がまっすぐ進んでいくことを励ましてくれる曲である。そして、『旅的途上』・・・
 その他にもたくさんの人生歌を歌ってくれた彼である。肝臓疾患だったらしい。飲み過ぎたのだろうか。彼の詩には、“酒”がよく出てくる。嬉しくても呑んで、悲しくても呑んでいたのだろうか。私の日々と重なる。それにしても、私とほぼ同じ歳の彼が、壮絶な病気と闘いながら、自分の娘の結婚式に出たという。また、6月には1995年から始めた、阪神・淡路大震災復興義援コンサート「復興の詩」コンサートを開くと仲間に話していたという。
 ぜひ、アルバムのどれか−「人類」「運命」「信望」「文明」「門外不出」など−、またはベスト盤でいいので、聴いてみてください。何か新しく始めることに戸惑いがあるあなた、きっとあなたの背中をそっと押してくれるでしょう。そして、この私は彼のように、どこまでまっすぐ生きていけるだろうか・・・
 最後に、彼の曲『生きてりゃいいさ』(作詞・作曲:河島英五)の詩の一部を記しておきます。オリジナルはぜひお聴き下さい。

 『生きてりゃいいさ』            

  ・・・(略)・・・

  きみにありがとう とてもありがとう
  もう会えない あの人にありがとう
  まだ見ぬ僕に ありがとう
  今日まで人を 支えた情熱にありがとう
  生きてりゃいいさ 生きてりゃいいさ
  そうさ 生きてりゃいいのさ

  ・・・(略)・・・

【注】河島英五のHPを訪れてみてください。仲間とともに、2001年6月3日(日)には、約束通り「復興の詩VOL.7」は行われることが決定!

(津村)