吉田 竹也

職名: 教授

研究内容紹介 & 自己紹介

<文化人類学とは> 私は文化人類学を専攻しています。
 文化、具体的にいえば人の生き方や価値観というものは、地域によって、時代によって、また究極的には個人によって、さまざまです。したがってこうした諸文化の間の差異をしっかりと見つめた上で、たがいの対話や交流を模索していく必要があります。ところが実際には、自己の文化(自文化)と異なる他者の文化(異文化)を尊重できず、自己の価値観やスタイルを他者に押しつけようとしていることがよくあります。たとえば、安易に「異文化理解」を唱えることは、その場合の「異文化理解」が自己の文化の枠組によるものであって、他者がもっているかもしれない別の異文化理解の方法にたいして開かれたものでなければ、結局は自己中心的なものにすぎず、したがってあるべき異文化理解に逆行することだってあるわけです。
 もっとも、「あるべき」異文化理解とはどのようなものなのか、それをどういう視点から想定できるのかについて、私自身明快な解答をもっていませんし、文化人類学がこれに明快な指針を与えてくれるともいえません。むしろ現在の文化人類学では、これまでの文化人類学の議論の中に存在した自己中心的(自文化中心主義的)なところをあらためて批判する作業をおこなっている状態です。ただいずれにせよいえることは、この「あるべき」異文化理解をひとつの固定的なものとして考えようとすると無理があるだろうということ、そしてこれをつきつめて考えていこうとする運動の過程の中にこそ、それがおぼろげながら垣間見えるのではないかということです。文化人類学はこの終わりのない運動を、個々の具体的な社会集団の文化について詳細な検討を加えるという、ある意味で愚直なスタイルでおこなうところに特徴をもった学問分野だと、私は考えています。

<研究テーマ紹介>
 私の研究テーマは、インドネシアのバリ島の宗教文化の理解をめぐるものです。 バリ島は観光地として有名ですので、バリの宗教文化について断片的な知識をもっている人もおおいと思います。こうした(日本でも欧米でも)一般に流通しているバリ宗教のイメージは、たくさんの神々や精霊あるいは悪霊などを人々が信じていて、これを供物や儀礼によって祭祀している、といったものだと思います。観光パンフレットやガイドブックなどにも、こうしたイメージを彷彿とさせる写真(色とりどりの供物、神像や魔の彫刻、トランス、奉納舞踊、花を手にした人々の祈り)が織り込まれています。たしかにバリ人の宗教生活には、こうした多神教的イメージで捉えられるような面が少なからずありま す。しかしバリ人自身は、自分たちの宗教を「一神教」だと考えています。おおくの神々を祀っているように見えるだろうけれども、そうした諸神は唯一神がときどきにとるかりそめの姿(化身)なのであって、われわれバリのヒンドゥー教徒が信じているのはたったひとつの神でしかない、というのが彼らの理解です。こうした考え方は戦後になってバリに広く定着していったものですが、その萌芽は植民地時代の知識人の活動に溯ります。このバリ人において支配的な宗教理解の枠組の特徴とその歴史的経緯を明確にするというの が、私のひとつの関心です。
  もうひとつの関心は、このバリ人自身のバリ宗教理解と、われわれ日本や欧米の社会において一般的なバリ宗教理解とのずれをめぐるものです。具体的には、そのずれを既存の人類学のバリ宗教理解に関わらせて論じることです。つまり、われわれの社会で多神教的なイメージが流通している理由は、バリの宗教文化をエキゾチックでロマンチックな香りただよう「商品」として取り扱う観光産業の関与がおおきいと考えてよいでしょうが、その観光産業が打ち出してくるバリ宗教文化のロマンチックなイメージを正当化し権威づける位置にあるのは、この島の宗教や伝統文化を研究してきた人類学的バリ研究だと考えられます。バリ研究とバリ観光は、植民地時代にほぼときをおなじくしてはじまっているのですが、この頃からバリを「神々と芸能の島」と見るイメージは、人類学の著作にもあらわれています。こうしたイメージが、植民地支配・バリ観光・バリ研究の進展と絡んで強化され定着していく様を、いくつかの歴史人類学的研究を参考にして整理し、あらためて現状との連続性について考察するというのが、私のもうひとつの関心です。
 いずれにせよ、バリ人側のバリ宗教理解も、欧米側の理解も、起源は植民地時代にあるといえます。私自身はあくまでバリ宗教の現状に関心があるのですが、いまは過去からの複雑な歴史連関に照らして現状を理解するという作業にもっぱら取り組んでいます。

email: takeyay@nanzan-u.ac.jp

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