黒沢 浩
職名: 准教授
専門分野: 農耕開始期以降の考古学(弥生時代・古墳時代土器論、東アジア交流史、近代日本における考古学研究と社会、稲作の社会史的研究),博物館学
担当授業:人類文化学基礎演習,考古学A・B, 博物館実習(a)(b), 考古学実習T・U
研究内容紹介 & 自己紹介:
考古学といっても扱う時代や地域によって様々です。私の場合には主に日本の弥生時代以降をテーマとして研究をしています。
弥生時代は日本列島で水稲耕作が始まった時代とされています。ある時代のいろいろな現象を追いかけるのに、考古学では土器が大変有効な武器となります。ですから、弥生時代・古墳時代の研究をするためにも、土器の研究が最も大事なテーマとなります。
また、われわれは長く自分たちのことを「島国根性」だと思ってきました。しかし、日本列島の住民たちは、そんな閉鎖的な言葉とは裏腹に、海を渡って大陸と関係を持ってきました。特に弥生時代以降で言えば、それを特徴付ける稲作自体が大陸から伝わって来たものなのです。そういう観点から、たとえ日本列島を対象とした研究であっても、もっと広い目で見なければならないことは明らかでしょう。
一方で、研究というものはいつでも、時代や社会の制約を受けてきました。いや、研究が時代や社会に影響を及ぼしてきたことも稀ではありません。弥生時代の研究は、それが稲作に関わるものであっただけに、日本人=稲作民=単一民族という図式を作ることに貢献してきました。しかし、これがもはや成り立たないことは誰の目にも明らかです。ただ、それがどういう経緯を経て出来上がってきたのか、そこに研究者たちはどのように関わってきたのか、ということを明らかにしなければ、われわれは同じ誤り繰り返すかもしれません。そのことを考えるために「近代日本における考古学研究と社会」というテーマを挙げました。でもこれは、すべての考古学研究者が持っていなければいけない課題でしょう。
そして最後に「稲作の社会史的研究」です。世界中で、農耕の開始が文明の起源であり、国家の成立を促すきっかけであったという議論がなされています。しかし、それは真実なのでしょうか?農耕をしなくとも国家ができたり、あるいは農耕があっても経済的には不遇な人たちはいます。これを考える題材として稲作をとらえ、それが社会をどのように変えたのか、あるいは変えなかったのか、そのメカニズムを考えてみたいのです。
こんな風に、関心は多岐にわたります。もちろん、そのすべてが同時進行でなされているわけではありません。しかし、いつも何かを考え、そのヒントをつかむために本を読み、フィールドに出る。そして、また考える。この繰り返しが考古学であり、私の研究のやり方です。
email: dotakuro@nanzan-u.ac.jp