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社会倫理研究所NEWSLETTER

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第24号|2007年8月・9月・10月

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【ワークショップ報告】9.11事件以降の日本とイスラム

山田哲也 (社会倫理研究所非常勤研究員)

去る9月18日、「公正と平和」研究プロジェクト・ワークショップ2007「9.11事件以降の日本とイスラム―21世紀国際社会のビジョンを求めて」が開催されました。以下に、報告、コメントの概要をご紹介します。プログラムの詳細についてはワークショップ告知ページをご覧下さい。

1. 報告の要旨

(1) マイケル・シーゲル(南山大学社会倫理研究所・准教授)
「文明的使命感と利害関係の複合の問題点―米国とイスラムの関係に見られる諸矛盾」

1990年は、湾岸戦争が発生した年であると同時に、国連気候変動政府間パネル(IPCC)が地球温暖化に初めて警鐘をならした年でもある。その一方、今日の国際社会が構造的に抱えている問題の根本には、19世紀の国際社会、つまりアメリカの建国にまつわる問題があることを忘れてはならない。宗教戦争の頃に入植が始まったアメリカは今日に至るまで宗教的な国家であり、それが今日の民主主義や人権といった理念を前面に押し出すアメリカの外交政策の根底にある。そのような背景を持つアメリカについて考えるには、建国の理念に遡った検討が必要であると思われる。

(2) 中西久枝(名古屋大学大学院国際開発研究科・教授)
「湾岸戦争後の米国の中東政策が中東にもたらしたもの―民主化支援論をどう超えるか」

ヨーロッパとアジアがイスラム社会とアメリカとの相互理解にどう貢献できるのか。この問題を日本人としてどうとらえていくかという点について検討してみたい。アメリカは2001年までにイランとシリア以外の各国に米軍基地を設けることに成功した。と同時に、アメリカは本来は多様なイスラム社会を「味方と敵」いったような単純な二項対立の構図でとらえるという問題を抱えている。日本人がイスラムについて受け取る情報も、アメリカやヨーロッパのバイアスが入ったものが多い。イスラム社会の中にも、ヨーロッパやアメリカに親近感を持ち、それを通じて自らの社会のありようを考える人々がいることを忘れてはならない。

(3)中野涼子(南山大学社会倫理研究所・研究員)
「国内規範のダイナミックスと日本外交」

今日の日本の「外交アイデンティティ」を「自尊心」と「自己評価」という二つのキーワードを用いて検討してみたい。冷戦期間中の日本は、日米安保の中で役割を果たすことで、「自己評価」を向上させてきたが、「自尊心」を傷つけられたこともある。近年の例では、湾岸戦争の際のいわゆる「小切手外交」への批判がある。それが日本のあり方の否定とまではいわないものの、従来の政策を問い直すことにつながっていった。その結果、1996年の日米安全保障共同宣言などの合意が「自己評価」を向上させるために締結された。この「自己評価」と「自尊心」の緊張関係をいかにして調整するかということが最大の課題だと思う。日本としての国益は一体何か。それを改めて検討する必要があると思う。

2. コメントの要旨

(1) 藤本博(南山大学外国語学部・教授)

アメリカ外交を専門にしている立場からは、なぜ反植民地主義のアメリカがイスラム社会の理解に失敗したのかということに関心がある。また、イスラム側においても、ヨーロッパの旧宗主国に対する意識とは異なる形でアメリカを理解し、その上でアメリカとの関係を深めようとする層が出現することを、どのくらい期待できるのか。さらに、「自尊心」と「自己評価」が矛盾的に共存しているということとの関連で、日本の対米従属外交の脱却へ向けての可能性の有無について検討を深める必要があるだろう。

(2) 半澤朝彦 (明治学院大学国際学部・准教授)

我々はしばしば、「西洋」と「非西洋」というように分けて発想するが、もう少し相対化しなければならないし、もはや枠組みとして古いのではないか。もちろん非常に有効だった面があったのだと思われるが、いつまでもこの枠組みで考えていると、よきにつけ悪しきにつけ、「私たちは特別だ」という西洋的意識、あるいは「非西洋」の被害者意識といったものが相対化されないだろう。イスラム社会についても、実際には親欧米的な人たちや移民の関係者などがこれからの中核にならざるを得ないというところがあるように思う。また、「自尊心」と「自己評価」を軸に考えた日本のこれからの行方について、日本としては、変に鎖国的にならず、ヨーロッパや中国と共同して日本なりのことを国際的にやっていけばよいのだと思う。

【学界展望】ヴィーンIMABE-Institut(医療人類学及び生命倫理研究所)訪問記

山田 秀 (社会倫理研究所第一種研究所員)

IMABE研究所の事務総長、エンリーケ・プラート教授Prof. Dr. Enrique Pratとは2001年9月ヴィーンで開催された国際シンポジウムで知遇を得た。そのとき頂戴した研究所刊行物を後日読んでみて、その内容の方向性の正しさと深さに感銘を受けた私は、翻訳許諾を求めた[『社会と倫理』第17号参照]。直ちに応諾してくださったプラート教授と今回の国際シンポジウムを利用して研究所訪問のための日程調整を図ったが、何故かプラート教授からのメール数通が私に届いていない。

第8回メスナー記念国際シンポジウムの会場で、プラート教授からの手紙を受け取り、シンポジウム終了後、移動先のヴィーンのホテルから研究所に連絡を取り、9月24日月曜日当日も一日中予定がびっしり組まれているという教授と、幸い昼前に20分間面談することが出来た。(私は予め、留守電で来訪の意向を伝え、アシスタントの方と連絡を取り、プラート教授が研究所にいらっしゃる時刻を教えてもらい、IMABEに近い、ヴィーン中央駅に向い、そこから教授に電話を入れて面談に漕ぎ着けた。)

ヨハネス・ボネリ所長(内科医)、プラート教授、ズザネ・クマー事務次長、アシスタントの4名が中心となり、幅広い人脈を有機的に有しているという。研究所構成員も兼務構成員がおり(実際所長がそうである)、研究所外での活動が多いという。その代わり、毎週木曜日の午後には所員がそろって情報交換ほかその他の打合せがなされているとのことであった。又、複数研究所を統括する上部会議が年2回開かれる由である。1990年以降は、司教会議の援助を受けて運営されている。

プラート教授は、元来は経済哲学を基盤とする社会倫理学を研究しておられたが、ここ数年は完全に医療生命倫理学に重心を移されているという。そのため、今回のメスナー・シンポジウムでの報告依頼を受けたとき謝絶されたのだそうである。1988年以降IMABE研究所の事務局長を務めておられる。 研究室は、中央にモダンな大きな机があり、その上にラップトップを乗せてあって、私が訪問する直前まで仕事をしておられる様子が窺われた。

研究所の紀要はImago Hominis(人間像)という名称を用いており、2007年の第14巻第1号と第2号は「進化」を取り上げて論じている。

なお、IMABE研究所と関連する情報として提供されたものであるが、今年の5月には2日間の日程で「美しい身体追求の諸問題」[これは意訳で、原題はdas spiel mit dem schönen körperとなっている。] がインスブルックで既に開催されている。10月には3日間の予定で「精神医学及び精神療法における宗教性」統一論題の下、大規模な学際的学術会議がグラーツにて開催されることになっている。対談の中で、人脈を豊富に作り上げていくことの重要性を指摘しておられたが、プラート教授は、80以上の学術会議を企画実施してきておられる。又、研究所紀要も、じつに充実しており、重厚な論文が揃っている。それが年4冊公刊されていることを想うと、投稿協力者の層の厚さに思いを致さないわけにはいかない。

対談中知ったことであるが、実力者として注目しているMartin Rhonheimer(どうやらローンハイマーの発音が原音に近いらしい。)は、同じ時期、サンクト・ガーブリエルに居たのだそうである。事前に知っていたならば、挨拶くらいは交わしておきたかった。

尚、附言しておくと、IMABE研究所の関係諸氏は、全般的にみるとやや保守的傾向を有しているように見える。しかし、「人間の尊厳」のために取り組む姿勢を共有している限り、保守だの革新だの大きな障壁になってはなるまい。

20分間の短い対談であったが、しかし、旧交を温め、メールの遣り取りの欠を埋めるに十分の意思疎通をはかることができ、次回、ヴィーンか日本かどこかで再開できる日を約して、研究所を辞した。まことに有意義な時を過ごした。

社倫研ニュース

[表紙画像] 社会倫理研究所の活動報告を中心として、社会倫理研究に関わる情報発信をも試みようとする新所報、『時報しゃりんけん』準備号が刊行されました。

内容は、特集(「社会倫理研究所の研究プロジェクト」)、エッセイ(「教皇庁正義と平和評議会主催セミナー「気候変動と開発」参加報告書」)、活動報告(「2006年度懇話会・研究会報告」「シンポジウム2006報告」)、社会倫理の道標(「現代メタ倫理学に日本語で迫るための十冊」)、研究所活動記録、といった構成になっています。本準備号では、研究所の活動をよりよく知っていただくことを目指した編集を行ないました。

印刷版をご希望の方は、(1)氏名、(2)所属、(3)電話番号、(4)FAX番号、(5)E-mailアドレス、(6)住所、(7)社会倫理研究所主催の懇話会等の案内受け取り希望の有無をご記入の上、「問い合わせ」ページの宛先までご一報下さい。また、PDF版もダウンロードできます。 PDF版『時報しゃりんけん』準備号

懇話会オンライン

今回は、 University of LeicesterのSigmund Wagner-Tsukamoto先生のご講演に基づく論考"Economics and Business Ethics: A Three-Level Model of Business Ethics and Implications for the Friedman Theorem "[PDF]をお届けいたします。なお、本論考の日本語訳版は、研究所機関誌『社会と倫理』第21号に掲載されております。

懇話会報告1

[写真] 去る2007年6月23日(土)、南山大学名古屋キャンパスL棟9階会議室(910)にて、2007年度第4回懇話会が開催されました。講師に上智大学外国語学部教授の吉川元先生をお招きして、「国際平和と人間の安全は両立するのか」というタイトルでご講演をいただきました。

吉川先生はまず、ソ連・東欧の研究、CSCE(欧州安全保障協力会議)/OSCE(欧州安全保障協力機構)の研究から、予防外交、平和構築、人間の安全に関する研究へ、というご自身の研究遍歴から語り起こし、今回は、「国際平和という問題と人間の安全という問題が果たして両立しうるのか」という問題提起をしたい、と述べました。その背景として、1970年代に国際関係の緊張が緩和され核戦争の可能性が減少し平和が訪れるという世の流れに対して、サハロフやソルジェニーツィンら東側の反体制派が緊張緩和反対の声を挙げていた、ということがあります。当時彼らに対しては、戦争を求めるのかという非難が浴びせられたわけですが、彼らの問いかけは、国際平和と人間の安全は実は結ばれず、国際平和であっても人権の侵害、人間の生命の安全への脅威が継続する、という問題提起だった、と吉川先生は指摘します。その渦中に日本も置かれており、たとえば、東アジアの緊張緩和、国際平和の実現へと日本政府が舵取りをすることで、金正日体制が維持され北朝鮮の人民の安全が日常的に脅かされる、という状況の持続に間接的に同意したのであり、われわれは、国際平和をとって北朝鮮の人たちの安全を売った、ということになります。吉川先生は、誰のための平和なのかが問われなければならない、と述べます。

そうした問いに取り組むために、吉川先生は国際政治の近現代史の特徴を指摘します。19世紀後半から20世紀初頭にかけては、「文明国」「一等国」と「野蛮国」という識別が、ヨーロッパ的か非ヨーロッパ的かという軸の中で行なわれていましたが、1917年のロシア革命を契機とした非ヨーロッパ的国家のモデルの誕生、第二次世界大戦後の共産圏の拡大によって、国家や統治機構のあり方をめぐる主権基準競争が始まります。これにより、ヨーロッパ的な国でなくとも存続が許されるという状況が生まれたわけです。さらに、1950年代から60年代にかけての植民地解放により、第二次世界大戦直後はタブー視されていた「自決権(self-determination)」という概念が国連総会で定義され復活します。これ以後、国際政治上の自決権は、植民地の無条件解放、および、内政不干渉という二つの意味をもつことになります。しかしこれは相当危うい原則の導入だった、と吉川先生は述べます。

[写真] 冷戦が深刻化した1960年代において、東西関係における平和共存とアジアにおける平和共存という二つの文脈において「平和共存」が模索されました。とりわけ後者は、インドと中国による平和5原則やバンドン会議の「平和10原則」に象徴されるものであり、その背景には、外的な脅威に加えて内部脅威があった、と吉川先生は指摘します。というのも、アジア・アフリカ諸国の大半は、植民地時代の境界線をそのまま引き継いで成立しており、その内側にいるはずの「国民」が存在しないため、地理的な意味での国の分裂可能性、および、統治の正当性の脆弱性(クーデターの頻発)という二つの内部脅威を抱え込むことになったからです。それゆえ、そうした諸国の安全保障の最大の課題は「強靭な国」づくりであり、自分の国を好き勝手につくることにお墨付きを与える自決権を強く求めることになるというわけです。

こうした歴史的経緯を示した後、吉川先生は、冷戦期のアジアでは、国家間の戦争よりも「国家と社会の戦争」が頻発していたという事実を、ハワイ大学のランメルによる「デモサイド(Democide)」研究に依拠しながら提示しました。デモサイドとは、平和な時期に政府が政治目的をもって自国民を殺害することです。ランメルの研究によれば、1900年から1999年までの20世紀のデモサイドによる死者の総計は、2億6200万人であり、20世紀の戦争の犠牲者数は4000万人であるとされています[以下のURLにて詳細を知ることができる。http://www.hawaii.edu/powerkills/20TH.HTM]。吉川先生は、戦争の犠牲者数よりも政府が国民を殺した数の方がはるかに多い、という数値の意味を考える必要がある、と指摘し、内政不干渉原則を規範とする国際平和の下で、政権が国際社会から何の干渉も受けずに自国民を殺害することが起こって来たのであり、人間の安全を考えるならば、戦争対平和の二項対立的図式に基づき、人を殺すか否かで戦争反対/平和賛成とする議論は成り立たなくなるのではないか、と述べました。戦争は起こっていない、それゆえニュースにもならない、しかし、今もなお政権が自国民を殺害している、という現状に対して、内政不干渉と自決権の尊重に徹する従来の平和共存路線を維持するべきなのか、それとも、より民主的で人間の安全を保障するような政権になるよう国際社会が干渉すべきなのか。吉川先生は、後者を選ぶ方向性を示唆しながらも、「壊してはならない体制」の存在にも留意し、問題の解きほぐし難い複雑性に言及して論を結びました。(文責|奥田)

懇話会報告2

[写真] 去る2007年7月21日(土)、南山大学名古屋キャンパス本部棟3階会議室ABにて、2007年度第5回懇話会が開催されました。講師に国際日本文化研究センター研究部教授の猪木武徳先生をお招きして、「経済学における厚生概念と人間の幸福―「所得」と「比較」について―」というタイトルでご講演をいただきました。以下ご講演の要旨をご紹介します。

経済学と倫理学はもともとは根底で緊密に繋がっているはずですが(「厚生」と訳されるwelfare & happiness)、経済学が分科独立して、「厳密思考(exact thinking)」を求めるようになる過程で、倫理学が対象とする「幸福(happiness)」に対して、「厚生」の概念を狭め「効用(utility)」を中心に置き、それの数量化によって益々独自の存在意義を増していったように見えます。では、その「効用」から人間の幸福にかかわる現実はどのように捉えられるでしょうか。それは「所得(income)」や「国民総生産(GNP)」更には「国内総生産(GDP)」という指標によります。さて、この指標を手掛かりに最近の不平等論・格差論を検討するとどうなるでしょうか。猪木先生は、結論としては、1980年代以降所得格差の拡大が見られるのは否定できないが、日本の場合は外国におけるほど大きくはないとの由です。その一つの学問的な理由としては、「平均と散らばり(歪み)」が場合によっては真実を隠す作用を有するからだと言われます。GDPの数値推移の背景に現実に存在する要因として、例えば、高齢者の占める割合の変化であるとか、正規及び非正規の被雇用者の間での格差であるとか、様々な要因が複合的に作用しあっているのですから、これらを丹念に調査確定する必要がありそうです。グローバリゼーションやIT関連産業の擡頭についても、同様に様々な側面を眺める必要があると猪木先生は指摘されました。

ところで、所得格差あるいは賃金格差をもたらした大きな要因として複製技術があることを、猪木先生は芸術家やスポーツ選手を一例に挙げて分りやすく説明されます。CDやDVDの普及と、経営的戦略によってスターに仕立て上げられた者の商品とが結合されますと、莫大な売り上げと収益とがもたらされることになります。こうした事態は、昔は不可能でした。芸術家が自分の作品を市場で売りさばくなどということは相当困難でした。スポーツ選手による○○レッスンなどの類も、その選手でなければならない強い理由はないかもしれませんが、一旦マーケットの戦略に乗ることができてしまえば、そうでない場合とは雲泥の差が発生するというわけです。

さて、社会秩序がそれなりに安定するためにはどういう条件がそろうことが好ましいでしょうか。それは、アリストテレスがいう「安定的な中間層」が見られることではないでしょうか。そして、これとの関連で、ヒュームやアダム・スミスの見解を紹介されつつ、考察は更に展開されていきました(例えば、大きな不均衡や格差は、両者の関係を切断して、隔たった者との比較を困難にし、比較の効果を減少させるなど。)。社会秩序の安定を考えていく上でおそらく重要であろうこととは、人々が仮に(あるいは現に)存在する所得格差をどういう風に感知するか(受け容れるか、perceiveするか)に掛かっていると、猪木先生は語られます。

尚、我々凡人の間にみられる比較と嫉妬といった感情が見られるが(ヒューム)、多くは相対的でしかない中で、とくに怨望(他人をどうにかして引き摺り下ろそうとする感情)はどうみても悪徳であると、福沢諭吉の説が紹介されました。また「社会秩序と階層」との関連で猪木先生は、アダム・スミスが重視した「虚栄心」と人間社会の問題を解説されました。スミスに関連して更に「人々は比較する」という項目のもとで、孤独・拘束下にある人間の行動について極めて興味深い逸話(牢獄に監禁されたローゾン公爵の蜘蛛に興ずる話)を、そして、類似の事例がみられる映画の話(刑務所に収監された受刑者が「鳥博士」になるという話)を紹介されました。スミスからの引用。「一般に好条件に恵まれた人の心は、恐らくいっそう速やかに落ち着きを回復するとともに、何らかの形ではるかに優れた娯楽を見出すに違いない。」

GNP(国民総生産)からGDP(国内総生産)への統計の表示が変化した事情を説明された後、猪木先生は、このGNP概念精緻化の功労者がユダヤ系アメリカ人サイモン・クズネッツであったこと、その概念が最終的に完成されるのは、彼をリーダーとしたアメリカの経済研究所National Bureau of Economic Researchにおいてであったと語られました。しかし、この新しい有力な指標とて完璧ではありえず、様々な批判に曝されることになったようです。市場化された経済であればあるほど、GDPは膨張する傾向にあるとのことです。確かに、よく引き合いに出される例は、家事労働に関わる問題でしょう。猪木先生は、東南アジアでの実例なども紹介されました。また、統計データとしての正確度という観点からも問題があるとのことでした。

更に、理論的な批判も重要であるとのことです。それは、現在GDPが消費(に対する支出)と投資を足し合わせていることに向けられます。これに関するいくつかの問題点の説明をされた上で、そうした批判の結果の動きとして、厚生概念を狭めて消費だけに限定したより厳密な考え方を採るべきであるとの考えが主張されていると紹介されます。

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しかし、他方では、正に反対の考え方も生まれてきており、それによりますと、厚生概念を所得だけで捉えること自体に無理がある、より広く「主観的な満足度」を直接計測すべしとの重要な提案があると紹介されました。「幸福の経済学」とか行動経済学と呼ばれている分野の重要な提言であって、それは、厚生を考える場合所得や果ては消費だけに限定して考えるのではなく、むしろ所得以外の諸要因(健康、仕事、人々との信頼関係など)をもっと重視し、直接それらを観察可能な形でデータとして集めて、それでもって今国民全体の厚生がどういう状態なのかということに診断しようというのです。もっとも、これはGDPを完全に止めてしまえという主張ではないとも言います。

この厚生概念をひろげようという方向性は、一つには既によく知られていますように、アマルティア・センのcapability概念の導入によって有力に示されています。経済的な選択に参加できない人々が社会に存在している。そうした人々の満足なり不満足をきちんと捉えない限り、GDPの概念はかなり大きな欠陥をもつと指摘しました。このような一般の市場行動に現れないもの、例えば、失業状態にある人が今どのように感じているかという、そのperceptionなりsubjective well-beingなり、そうした主観的な評価を無視して厚生概念を組み立てることには無理がある。このように猪木先生は説明されました。

また、「幸福」と所得の関係についてみましても、或るbasic needs以下の状況では幸福と一人当たりの所得には明白な関係が認められるけれども、basic needsが満たされた後になると、それはかなり不安定な関係になってしまうことが判ってきたと言います。私たち一般人の感覚からするとそれは当然にようにも思われるのですが、ここで猪木先生は次のように言われました。Assertion is easy, demonstration is difficult. 「幸福の経済学」関連の論文を読まれた後の先生の感想は、色々なデータの収集と分析の結果、上記の事態がかなりはっきり言えるようになってきたのだそうです。

猪木先生のご講演は、最後にrevealed preference とexpressed preferenceに言及され、アリストテレスの言葉で締めくくられました。
「おおよその出発点から論じて、同じくおおよその結論に到達しうるならば、それを持って満足しなければならないだろう。・・・その事柄の許す程度の厳密さを、それぞれの領域に応じて求めることが教育あるものにはふさわしい」。

講演後も活発な質疑応答が交わされました。(文責|山田)

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