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今回は、国際基督教大学大学院教授の村上陽一郎先生のご講演「科学の不確実性のなかでの意志決定――参加型技術評価の一局面」、ならびに、 上智大学大学院外国語学科地域研究専攻博士後期課程の堀場明子先生のご講演「インドネシア・アンボンにおけるキリスト教vsムスリムによる宗教紛争―紛争後の現状と平和構築のあり方―」の二本をお届けいたします。
去る2006年12月19日(火)、南山大学名古屋キャンパスJ棟1階Pルームにて、2006年度第6回懇話会が開催されました。講師にレスター大学のジグムント・ヴァグナー=ツカモト先生をお招きして、「Economics & Business Ethics: Economic Revisions to the Friedman Theorem」というタイトルでご講演をいただきました。マイケル・シーゲル第一種研究所員が逐次通訳を務めました。
ヴァグナー=ツカモト先生はまず、最近のビジネス倫理学の理論と実践の多くが、徳理論基底型ビジネス倫理やカント主義ステイクホルダー・マネジメントという形で、行動中心的な伝統の中で進められているという現状を指摘し、そうした行動中心的な伝統に対する代替アプローチとしてビジネス倫理への経済学的アプローチを打ち出します。ヴァグナー=ツカモト先生によれば、このアプローチは、"ought implies can"という道徳哲学上の原理に依拠した視点からビジネス倫理を捉えるものです。経済学的アプローチでは、社会的行動は資本運用過程として理解され、行動規制の役割を果たす制度的構造はインセンティヴ構造として検討されます。また、相互利得は協力実現のための相互作用の成果として規定されます。さらに、発見的概念装置として、経済人(ホモ・エコノミクス)とディレンマ構造(囚人のディレンマ等)が用いられます。これらに基づいて、企業のビジネス倫理行動が、道徳的取り組みの三層モデル((1)受動的で意図的でない道徳的取り組み、(2)受動的で意図的な道徳的取り組み、(3)能動的で意図的な道徳的取り組み)によって分析・検討されることになります。
ヴァグナー=ツカモト先生によれば、第一の層は、古典派経済学が想定しているような、競争的な企業間相互作用を通じて道徳的成果が市場において意図されずに成就されているといった事態を掴みとるものです。第一の層では、企業のビジネス倫理行動は受動的かつ意図されない仕方で実現されることになります。これに対して第二の層は、市場における企業活動を規制する法律等の制度的規則によって各企業が経済上の考慮から最低限の道徳基準に従っている、という事態を捉えるものです。この層では、企業の倫理行動は受動的かつ意図的な仕方で実現されますが、それはあくまでも「ゲームの規則」の中に位置づけられます。これら第一、第二の層では市場行動それ自体には何の道徳的要素も含まれないが、第三の層では「ゲームの動き」の中に道徳的考慮が盛り込まれる、とヴァグナー=ツカモト先生は述べ、そうした状態は、環境に配慮した製品に対して倫理的消費者が支払う価格プレミアムのような「倫理資本(ethical capital)」の適切な運用によって実現される、と主張します。この第三層は、道具的・戦略的なステイクホルダー・アプローチに通じるとされます。
続いて、ヴァグナー=ツカモト先生は、こうした三層モデルを用いて、ビジネス倫理に関するフリードマンの定理に新解釈を与えます。ヴァグナー=ツカモト先生の分析によれば、第一、第二の層については、「企業の唯一の社会的責任は制度的な規則の制約下で利潤を最大化することである」というフリードマンの定理は齟齬なく通用するとされます。ところが、第三の層については検討が必要となります。ヴァグナー=ツカモト先生は、フリードマンの主張と「倫理資本」の発想がうまく重ならないのは、フリードマンが「社会的善は収益を理由になされてはならない」という高潔な倫理を想定していたことに由来する、と指摘し、現代の「倫理資本」運用の成功例に照したならフリードマンの高潔倫理主義は改訂されるべきだ、と主張します。義務論的アプローチではなく、功利主義・帰結主義的アプローチでビジネス倫理を分析し規範的に根拠づけることが現実的により有望である、と述べられ、講演が締めくくられました。
質疑応答では、現代の企業には経済的利潤追求に尽きない社会的役割が期待されているのではないかといった意見が相次ぎましたが、ヴァグナー=ツカモト先生は、経済学的アプローチに限定した議論をストイックに展開する姿勢を崩しませんでした。この質疑応答を受けたヴァグナー=ツカモト先生の回答は、2007年6月刊行予定の『社会と倫理』第21号に掲載予定の先生の論考に一部盛り込まれています。(文責|奥田)
去る3月27日(火)、南山大学名古屋キャンパスJ棟1階会議室にて、2006年度最後の懇話会が開催されました。講師に九州大学高等教育開発推進センターの千知岩正継先生をお招きして、「国際社会は『保護する責任』を果たしているだろうか―人道的介入の正当性問題を中心に―」というタイトルでご講演をいただきました。
千知岩先生は最初に、人道上の危機にある人々を保護する方法としての人道的介入が、国際社会の課題になっている現状についてご説明されました。この「保護する責任」論(以下、R2P)を提唱したのはカナダ政府が中心になって結成した「介入と国家主権に関する国際委員会」であり、R2Pの内容はアナン国連事務総長の報告書(In Larger Freedom)や2005年の世界サミット「成果文書」でも言及されました。しかし、国際社会の現状を見ると、米国のイラク攻撃を正当化する理由として人道的介入が挙げられる一方、R2Pに関する国際社会の見解の相違によりスーダンのダルフール紛争などでは十分な対応がなされていません。そこで、千知岩先生は、まずR2Pについて概略を示し、現在の国際社会が「保護する責任」を十分に果たしていない現状について話されました。
R2Pは、「介入」と「国家主権」という2つの概念を調和させる新しいディスコースです。千知岩先生によれば、「介入する権利」の限界を踏まえて生み出されたR2Pは、「保護する責任」が国際社会の善良な一員として認められるための国家の対内・対外責任であるという考え方に基づいており、人道危機を未然に防ぐ「予防する責任」、武力紛争後の社会再建を手助けする「再建する責任」と共に提示されたことに、その意義を見出すことができます。国際委員会の構成員は国籍・経歴ともに国際色豊かで、世界各国、各地域で協議を重ねたことで、国際社会のコンセンサス作りに寄与したと考えられます。また、R2Pは、「内政不干渉」原則の例外として扱われているのであり、その逆ではありません。軍事介入の正当性をはかるために正戦論の伝統に基づく基準が設けられているため、具体的には、ジェノサイド、組織的な殺害、組織的なレイプ、組織的な強制移動などによる民族浄化、ジュネーブ諸条約に違反する戦争犯罪や「人道に対する罪」などが対象になります。つまり、R2Pにおいて、政治体制の変化は介入の目的としてみなされないことになります。
ここで想定されている正当な権威は国際連合安全保障理事会ですが、千知岩先生によれば、難しい調整を必要とする安保理は人道危機に対して十分に機能しない事態が生じるため、現在では別の権威としてリベラル・デモクラシー諸国、特に米国を挙げようとする見解があります。例えば、法哲学者であるフェルナンド・テソンやジョン・ボルトン米国連代表は、米国のようなリベラル・デモクラシー諸国は人権や民主主義の価値に基づく正当性があり、国際社会の決定に左右されない権威の存在を主張します。しかし、このような正当性についての認識は、国際社会が共有していないため、単独国家が正当な権威となることには問題があると考えられます。
そこで、千知岩先生は、様々な問題を抱えながらも、国連安保理が正当な権威となり得ることを示唆し、権威の再構成を国連改革などの形で行う必要について述べられました。特に、「犠牲者」の視点を優先するためにはどうしたらいいのか、という問題に取り組むために、無責任な権威の発動や無責任な権限の行使に制限を加えていくことが求められます。このことは、R2Pの報告書では指摘されなかった点――たとえば、介入する側が使用する武器、クラスター爆弾や劣化ウラン弾などを禁止するなどの措置――と合わせて考えていかねばならない、として、報告を締めくくられました。
その後の質疑応答では、「国家主権」に関する問題や、リベラル・デモクラシーと国際的な規範との関係等をめぐって、活発な議論が交わされました。(文責|中野)
社会倫理研究所所長 澤木勝茂
05年4月に始まった澤木勝茂所長新体制のもとで2年目を迎えた。05年9月開催の日豪合同ワークショップの成果を発展させる継続的共同研究を充実させるために、第二種研究所員2名の更新、研究員1名の任用、そして新たに 2名の本研究所非常勤研究員の委嘱、及び4名の非常勤研究員の再委嘱を行った。
本年度も、主に懇話会・定例研究会の案内や記録など研究所活動に関する情報発信に努め、隔月でのオンライン・ニューズレター発信、本研究所発行雑誌『社会と倫理』のオンライン公開も行なった。
05年9月開催の日豪合同ワークショップの成果(マイケル・シーゲル、ジョセフ・カミレーリ編『多国間主義と同盟の狭間―岐路に立つ日本とオーストラリア―』国際書院)を刊行し、同時に出版記念シンポジウム「誰のための国際秩序か?―新時代における日本の役割と展望―」を開催した。また、12月にはオーストラリアにて開催されたワークショップにシーゲル所員が参加するとともに、ラトローブ大学Centre for Dialogueとの継続的な共同研究の準備を整えた。
懇話会は7回、定例研究会は1回開催した。なかでも、5月刊行の『社会と倫理』第19号の特集に連動させた懇話会、および、"Toward a Broader Business Ethics"と銘打った一連のビジネス倫理関連シリーズ懇話会などが本年開催懇話会の目玉であった。論題と報告者の詳細は次の通りである。
| 回数 | 報告者 | 論題 |
| 懇話会 | ||
|---|---|---|
| 第1回 | 堀場 明子氏
上智大学大学院博士課程 |
インドネシア・アンボンにおけるキリスト教徒vsムスリムによる
宗教紛争―紛争後の現状と平和構築のあり方― |
| 第2回 | 神原 和宏氏
久留米大学法学部・法科大学院(併任)教授 |
ロールズと共和主義―自由主義と民主主義の関係について
【統一テーマ:ロールズ正義論の再考】 |
| 福間 聡氏
神奈川県立衛生看護専門学校非常勤講師 |
ロールズ哲学から見た規範倫理学とメタ倫理学
―政治哲学における「理由」の復権― 【統一テーマ:ロールズ正義論の再考】 |
|
| 第3回 | 村上 陽一郎氏
国際基督教大学大学院 教授 (Othmer記念科学教授) |
科学の不確実性のなかでの意志決定―参加型技術評価の一局面 |
| 第4回 | 谷口 照三氏
桃山学院大学経営学部教授 |
責任経営の視座と組織倫理学―経営学の可能性を探る |
| 第5回 | 湯浅 誠氏
NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長 便利屋あうん代表 |
格差ではなく貧困の議論を |
| 第6回 | Dr Sigmund Wagner-Tsukamoto
University of Leicester |
Economics & Business Ethics:
Economic Revisions to the Friedman Theorem |
| 第7回 | 千知岩 正継氏
九州大学高等教育開発推進センター・特任助手(学術研究員) |
国際社会は「保護する責任」を果たしているか
―人道的介入の正当性問題を中心に― |
| 研究会 | ||
| 第1回 | 中野 涼子氏
南山大学社会倫理研究所研究員 |
日本帝国の夢と現実―植民地研究者 矢内原忠雄の挑戦 |
| 編著者 | 名 称 | 発行日 |
| 社会倫理研究所編 | 『社会と倫理』第十九号 | 2006年5月10日 |
| 社会倫理研究所編 | 『社会と倫理』第二十号―記念号― | 2006年12月15日 |
第19号では、三本の特集(「ジョン・ロールズの政治哲学」、「人間の尊厳」、小泉信三賞受賞記念祝賀懇話会)が組まれた。
第20号では、06年9月開催のシンポジウムの記録となる特集「誰のための国際秩序か?―新時代における日本の役割と展望」が掲載された。また、記念号である本号には多くの研究所関係者からの論文寄稿を得た他、総目次や研究所略史も掲載した。