2007年6月16日(土)、南山大学名古屋キャンパスJ棟1階Pルームにて開催された社会倫理研究所2007年度第3回懇話会において、名古屋工業大学大学院工学研究科の瀬口昌久先生による「ユニバーサルデザインをめぐる法と倫理」と題する講演が行われた。まず、ユニバーサルデザイン(以下、UD)理解度チェックを用いてUDの基本的な部分を解説し、その後、2006年1月に起こった東横インの不正改造問題からの教訓、そして、2006年に公布施行された「バリアフリー新法」のメリット・問題点が論じられる。東横イン問題について、事件の経緯、違反事項、制度的不備等の問題点が詳細に説明され、そこから、近年の一連の企業不正に共通する問題点が5つ指摘される。さらに、建築基準法や改正ハートビル法などの法律・条例とUDとの関係について日米比較を通じて議論され、継続的改善を求め続ける「運動」としてのUDの側面の重要性が指摘される。最後に、バリアフリー新法の問題点が6点指摘され、自治体と市民のパートナーシップ構築プロセスにおけるファシリテータとしての哲学者という自らの役割が説明される。(文責|奥田)
*以下のコンテンツは、懇話会で録音したものを活字化し、講演者本人の校正をへて作成されたものです。無断の転用・転載はお断りいたします。引用、言及等の際には当サイトを典拠として明示下さるようお願いいたします。
瀬口 昌久 (名古屋工業大学大学院工学研究科 教授)
瀬口です。ご紹介いただきましてどうもありがとうございます。実は、1年前にも奥田先生から講演の依頼を受けまして、そのときは非常に忙しかったものですからお断りしてしまったので、今回はどうしても引き受けなければいけないということでやってまいりました。いま講演内容に関してご説明がありましたが、私も講演案内を見てこれは面白そうだなと思いました。実は、奥田先生の懇話会の本日のご趣旨の文章をいただいてから、講演の準備を始めました。ですので、きょうは準備不足でまとまらないお話になるかもしれませんが、どうぞお許しください。それと、私の話でわかりにくい点がございましたら、ご遠慮なく話の途中で割り込んでご質問ください。そのほうが私も皆さんのお考えを知ることができて、どういう話をすればよいのかがわかります。
それでは早速始めます。きょうは3点についてお話をさせていただきます。お手元にお配りしているハンドアウトとスライドは少し内容が違っておりますが御了承ください。最初にイントロダクションとして、ユニバーサルデザインの理解度をチェックしようと思います。2つ目は、東横インの不正改造問題、それから3つ目に、「バリアフリー新法」についてどのような問題点があるかということをご一緒に考えていきたいと思います。
まずは、「あなたのUD度をチェック!」という、『日経アーキテクチュア』の昨年5月号に出ている「UDチェッククイズ」というものがございますので、皆さん、ご一緒に考えてください。
- 質問1 ユニバーサルデザインとはどのようなデザインですか。
- A 車いす使用者など、肢体不自由者が使いやすいデザイン
- B 肢体不自由者だけでなく、さまざまな障害者が使いやすいデザイン
- C 障害の有無にかかわらず、できるだけ多くの人が使いやすいデザイン
これはもちろん、Cが正解です。
- 質問2 一般的な手動式車いすを介助者なしで安全に利用できるスロープを設計します。あなたなら、こう配の限界をどのように設計しますか。
- A 15分の1
- B 12分の1
- C 8分の1
これは角度を表し、上から緩やかな順に並んでいます。Aが正解です。ユニバーサルデザインは、正解といっても必ず1つの解があるというわけではなく、その状況や環境によっても変わっていくものです。ですから、Bを選んだ人が間違いということではありません。
- 質問3 1メートルほどのレベル差があり、階段が設置されています。あなたなら、このバリアをどのように解消しますか。
- A 階段の脇にスロープを設置する
- B 車いす使用者の来場を知らせるインターフォンを設置する
- C 介助者が必要な車いす使用者の専用リフトを設置する
Aがユニバーサルデザインの考え方です。
- 質問4 劇場で観覧席を設計します。あなたなら、車いす使用者のためのスペースをどこに用意しますか。
- A 避難時の安全のため、出入り口付近に専用のスペースを用意する
- B 専用のスペースは用意せず、いすを折りたたむことで車いす使用者が利用できる席を複数設置する
- C 車いす使用者が自由に選べるよう、専用のスペースを複数用意する
これはBがよいとされています。車いすを使用する人がいなければ、普段はいすを置いておいて、来られたときにたたんで使うほうがユニバーサルデザインの使い方だと考えられています。
- 質問5 駅に公衆電話を3台設置します。あなたなら、電話台をどのように設計しますか。
- A 1台を低く設置する
- B 3台とも低く設置して折りたためるいすを設置する
- C 3台とも高さを変えて設置する
私はCかなと思いましたが、正解はBです。阪急の伊丹駅などに設置してありますが、低くしてあって、なかからいすを取り出せるようになっていて、座って電話することができます。身体の負担を軽減するような工夫をしているので、ユニバーサル度が高いのはBとされています。
- 質問6 外構の石張り舗装に点字ブロックを設置します。あなたなら、どのような点に最も配慮しますか。
- A 景観に配慮し、他の床材と色調を合わせた点字ブロックを設置する
- B 人的な対応を避けるため、できるだけ多くの点字ブロックを設置する
- C 弱視者がわかるように、目立つ黄色の点字ブロックを設置する
これはCが正解です。弱視者にもわかるように目立つ黄色の点字ブロックにする。これが大切だと言われています。
- 質問7 オフィスビルにエレベーターを1台、設置します。あなたなら、かご内の操作盤をどのように計画しますか。
- A 車いす使用者専用操作盤を一般操作盤とは別に1カ所設置する
- B 車いす使用者専用操作盤を一般操作盤とは別に2カ所設置する
- C 車いす使用者も一般の人も使いやすい操作盤を2カ所設置する
これはCが正解です。誰もがうまく使える。そんなことはできるのかというのは、ユニバーサルデザインに対してよく言われる疑問点です。できるだけそれに近づける工夫を考えてデザインを目指すところに、ユニバーサルデザインの大きな特徴があります。
- 質問8 ショッピングセンターで駐車場を計画します。あなたなら、障害者用の駐車スペースをどのように設計しますか。
- A 駐車場の出入り口の近くに専用駐車スペースを用意する
- B 建物の出入り口の近くに専用駐車スペースを用意する
- C 建物の出入り口の近くに屋根付きの専用駐車スペースを用意する
これはCが正解です。車から降りたときに、荷物をもっていたり、車いすに乗っていたりする場合に傘をささずにすむので、屋根付きがいいということになります。
- 質問9 既存の階段とエレベーターに加えて、新たにエスカレーターを設置することになりました。しかし、1カ所設置するだけの予算しかありません。あなたなら、どのように計画しますか。
- A 「下り」のエスカレーターを設置する
- B 「上り」のエスカレーターを設置する
- C コストをさらに低減するため、車いす使用者の専用リフトを階段脇に設置する
Bを選びたくなりますが、老人や足に障害を持っている方の階段からの転落事故は「下り」のほうが多く、これはAが正解です。
- 質問10 ホテルの館内で誘導用案内サインとなる床材を計画します。あなたなら、どのような点に最も配慮しますか。
- A 周囲の床材と触感や明度の差を持たせた床材を選択し、点字ブロックも設置する
- B 周囲の床材と触感や明度の差を持たせた床材を選択する
- C 周囲の床材と触感や明度を合わせた床材を選択する
これはAが正解です。
- 質問11 公共施設でサインを計画します。あなたなら、どのような点に最も配慮しますか。
- A 一目でわかるサインを計画する
- B 後付けの必要がないよう、サインをできるだけ多く設置する
- C サインがなくても自然とわかる空間をつくる
私はAかなと思いましたが、『日経アーキテクチュア』の答えはCになっています。ただ、このデザインはとても難しいように思います。床とか天井を使って方向性を一目でよくわかるようにデザインするというわけですが、実際には失敗することも多いのではないかと思います。つくる側は自分ではよく知っていますから、こういう空間がつくれると思うかもしれませんが、つくられた後で全然知らない人が来てみたら、方向がよくわからないという結果も少なくないのではないでしょうか。後から掲示やサインを追加して設置しなければいけないことになるように思います。みなさんも、新築の大型ビルが完成した後に、案内の張り紙が後から張ってあるのを見かけたりしませんか。この設問は私にはちょっと難しく感じました。
- 質問12 「ユニバーサルデザインのトイレにしてほしい」と建築主が要望しました。あなたなら、どのように設計を進めますか。
- A 実績や経験が豊富なメーカーに設計を委託する
- B 自治体のガイドラインのマニュアルにのっとって設計する
- C できるだけ多くの関係者の声を聞いて使いやすさを検証し、設計する
これはCが正解ということになっています。ちなみに、AとBであればどちらがいいと思われますか。『日経アーキテクチュア』の答えではBになっています。
このクイズは『日経アーキテクチュア』のウエッブ上でも行えます。ご関心がおありの方はウエッブで検索してみてください。3択の解答に対して10点、5点、1点という割合で点数が付きます。合計点数によって、上級、中級、初級というようなレベル分けができるようになっています。これで少しユニバーサルデザインの共通の理解が深まったのではないかと思います。
次に、これも『日経アーキテクチャ』の記事をもとにしていますが、日本のUDの普及状況に関するものです。UD先進自治体でもUDに対する認知率は5割程度だと言われています。茨城県、兵庫県は認知率が50%を超えていて認知度の高い自治体です。でも、実際の中身の理解度は18〜28%、だいたい2割ぐらいです。突出しているのが、静岡県と熊本県です。この2つの県はUDの理解度が高いのです。両県は独自で毎年UD認知率を調査していまして、それによると認知率も7割を超えています。ただし、この7割あたりで頭打ちになるようです。何年か調査を行なっていますが、どんどん右肩上がりに上がっていくわけではなく、7割ぐらいが限度みたいです。日本全国の理解度の比率を見ますと、UDはずいぶん社会に浸透してきてはいるが、社会全体を見るとまだ普及途上であるということがわかると思います。
さてこれから、ホテル東横インの不正改造問題についてお話をしたいと思います。東横インは1986年に第1号店のホテルを蒲田にオープンしました。シングルの宿泊料金が1泊4〜6千円の低価格ビジネスホテルとして、バブル崩壊後から急成長を遂げました。駅前旅館の鉄筋化をうたい、交通の便利のよいところに立地し、レストランや宴会場などの付属施設をもちません。そうした施設をつくるとホテルの稼働率や収益が下がるので、全部客室にしてしまうわけです。要するに、宿泊特化型で顧客を獲得しています。ホテルの支配人、スタッフはすべて女性を採用しています。これも特徴的です。
東横インのホテルチェーンは、バブル崩壊後、建築の規制緩和がすすむなかで、とくに目立って数が増えてきます。1996年には13店舗でしたが、2001年にはそれが39店舗になります。2005年度に新規オープンだけで26店舗、2006年度には新規オープン店が35店舗。つまり、毎年30店舗ずつぐらい増やしています。東横インのホテル展開において特徴的なのは、30年契約の土地建物賃借方式をとっていることです。ホテルビルを土地の所有者に、東横インのやり方で建てさせる。その建てさせたホテルを東横インが経営し、その営業利益を一定の割合で所有者に渡す。だいたい15年間ぐらいで、土地のオーナーが銀行から借りた建築費用は償還できるというシステムにしていると東横インの西田社長は、著書で述べています。東横インは、この土地建物賃借方式をとることによって、資金調達や資産価値低下のリスクを回避しながら、この20年間に1店舗から122店舗に事業を拡大してきました。今年度(2007年度)じゅうには150店舗以上、総客室は3万室以上になるという、急速な事業拡大を続けているホテルチェーンです。
東横インの不正改造事件が発覚したのは2006年1月27日ですが、不正は横浜市への内部告発で明らかになりました。内部告発を受けて、東横イン横浜日本大通り駅日銀前で、ハートビル法や市の条例で義務付けられている身体障害者用の設備や駐車場をいったん設置しながら、建築完了検査直後に撤去してロビーを広げるなどして開業していたことが、市の立ち入り検査で判明しました。あらかじめ2種類の図面を用意し、トップの判断によって当初から計画的に不正改造が行われたのです。
2005年12月半ばに当該ホテルの工事が完成し、12月26日に完了検査済交付がされました。この完了検査を行ったのが、耐震強度偽装で問題になった民間の建築確認機関の日本ERIです。このホテルは2006年1月23日に営業を開始しました。ですから、正月をはさむ忙しい時期に、20日間ぐらいでバタバタとホテルの改造工事をして営業を開始し、4日後には不正改造が発覚しています。12月中旬のオープン間近のこの写真を見ると、車いすのマークが駐車場区画に書いてあるのがわかります。ここには障害者用の駐車スペースがあったのです。完了済証を受けてから、グループ内の建設会社でロビーに改造工事をしました。実は、東横インの西田社長は、もともとはビルの電気工事を請け負う会社の社長でした。ホテルとかビルの電気関係の内装工事を本業にしていたのです。つまり、東横インはホテル業だけではなくて、電気関係、あるいは建設関係のグループ会社なのです。ホテル本体は大きな建設会社が建てますが、内装に関しては全部東横インで行なうのです。オープンしたときの次の写真を見ますと、さきほど駐車場だった場所がなくなって、ロビーになっています。
西田社長は「身障者用客室をつくっても、年に1、2人しか来なくて、一般の人には使い勝手が悪い。うちのほかのホテルでもロッカーやリネン庫になっているのが現実だ」と記者会見で述べています。こういうことを平気でマスコミに話せる経営感覚の方です。「正面が駐車場だとホテルとしては見てくれが悪い。報告を受けて僕も、まあいいだろう、取っちゃえと考えた。やったことは仕方がない」「行政の検査が終わってから全部取っちゃった」「使わないものはいらないんじゃないの?」「めんどくさいんだよね、格好悪いし」「法令違反したのなら、すみません」「捕まったら仕方ないけど、そんなに悪いかな」「時速60キロ制限の道を67〜68キロで走ってもまあいいかと思っていた」といった発言をしています。
西田社長は自著のなかで、「30ぐらいのビジネスに手を出して失敗し、8億円ぐらい借金をつくりました」と書いています。また、高校時代にダンスパーティーを主催して、パーティー券を売りさばいて金儲けをして、みんなで飲みに行ったとも書いています。そのようなことを書いたらまずいんじゃないかと小心者の私は思うのですが、そういうことを平気で書ける方です。西田社長は、ホテル業を始めた当初はサイドビジネスのつもりだったようです。「1ミリの改善」という言葉を本でも書いていますが、この感覚は、彼の「ものづくり」の経験から来るもののようです。
東横インの不正改造が発覚すると、障害者団体がまっさきに抗議の声をあげました。全国62の障害者団体で構成される日本身体障害者団体連合会や日本身障者協議会など、数多くの障害者団体が抗議をします。「直せばいいじゃないかという開き直った態度に憤りを感じる。障害者用スペースをつくって、わざわざ壊すという東横インのモラルを疑う」という声が上がります。ここ愛知県でも抗議活動が行われています。愛知県の重度障害者団体連絡協議会が東横イン名古屋駅新幹線口の店舗で抗議をしています。「意図的に障害者を排除する行為は許されない」という抗議文を提出しています。この写真は不正改造が行われた名古屋の東横イン桜通口本館です。誘導ブロックの撤去と、障害者用のトイレが他用途に転用されるなどの不正が行なわれました。
東横インのウエッブページで確認すると、全国の東横イン122棟中、75棟で不正改造が行われたことがわかります。主な不正改造は、身障者用客室を会議室に変更、附置義務の車いす使用者駐車場を廃止、駐車場をロビー等に変更、点字ブロックの撤去、障害者用トイレの撤去、身障者用トイレのベビーチェアを小便器に変更、身障者用浴槽の撤去、階段の手すりの未設置、敷地内の通路幅員の不足、容積率違反などです。
実際にどのような法律に違反しているかチェックすると、改正されたハートビル法に違反しているのが18物件です。誘導ブロックの設置違反、車いす使用者駐車場の設置違反、車いす使用者便房の設置違反、出入り口の幅、廊下の段差違反です。建築基準法は41物件です。違反が多いのは容積率で、本来は別の用途に使うスペースを全部客室にしてしまったところもあります。ほかには建築確認の手続き違反、定期報告義務違反。怖いのは、防火装置とか、防火設備、排煙設備といった、火災が起こったときに危険な不正改造も含まれていることです。かつてたくさんの死傷者を出したホテル・ニュージャパンの火災事件を思い出しますが、そういった人災にもつながりかねないようなこともやっていたことになります。だから、「時速60キロのところを云々」という話とは全然違います。駐車場法と条例の違反は26件。主に、車いす使用者駐車場に関する条例違反です。
去年(2006年)2月24日に、横浜市がハートビル法による初の是正命令を発令しています。「本件については、2月10日に、是正勧告していますが、(1)二重図面により完了検査後に障害者用施設を撤去するなど、障害者への配慮が全く欠如し、人権を踏みにじる行為であること。(2)構造偽装が社会問題化した時期に、平然と不正改造を行い極めて悪質であること」から是正勧告を出したと、横浜市は発令理由を述べています。東横インは、姉歯建築士が関わった耐震強度偽装事件が報道されているなかでこの不正改造を行っていたわけです。
また、横浜市が出している不正改造一覧を見ると、違反内容として関係する法律がいくつかあります。建築基準法、改正ハートビル法、旅館業法、食品衛生法、福祉のまちづくり条例、駐車場条例という5つの法令に関して違反が行われていた。そういった点も注目すべきだと思います。福祉のまちづくり条例というのは自治体が独自に定める条例で、ハートビル法よりも建築物の対象や範囲が広くしてあります。現在、47都道府県と政令指定都市に加えて、十数都市が制定しています。しかし、建築基準法と違って、届け出がなくても建築可能で、強制力はありません。
ハートビル条例のほうですが、改正ハートビル法に基づく条例を各自治体で制定することで、ハートビル法の対象建築物などを広げられます。建築基準関係規定なので、建築確認時期に申請する必要があります。後から述べますバリアフリー新法でも14条3項で同じような規定をしています。ですから、自治体によってその対象建築物の範囲を広げることができます。2006年1月段階で制定していたのは、東京都、石川県、京都府、熊本県、横浜市、京都市、世田谷区、高山市です。横浜市は比較的このような取り組みをしっかりしていたので、不正問題が明確になったという背景もあるように思います。
それから、日本ERIが建築確認と完了検査をしたもので東横インの不正を見落とした事例もあります。さいたま市の東横インの違反は、80センチ以上必要な1階会議室のドアの幅が75センチしかなくて、ハートビル法の基準に足りていなかった。その幅では、車いすの出入りが困難になるわけです。草加市の東横インでは、階段の手すりが設置されていませんでした。実はこれらのハートビル法違反は建築後の偽装工事ではなくて、最初に提出された図面どおりでした。ですから、図面どおりつくっているわけです。でも、それを民間の検査機関である日本ERIが見落とした。しっかり検査すれば、これは違反しているということがわかったはずです。こうした事例からも、この民間検査機関の建築審査が甘いということがうかがわれると思います。
さらに、東横インは建築士の名義貸しで70棟もの店舗を建築していたことが発覚します。東横インが横浜市のホテルで偽装工事をしていた問題で、2種類の図面を使っていたわけですが、その図面に載っていた一級建築士が、実は自分は設計業務に関与していないと新聞社に答えました。東横イン側は、このホテルのみならず全国展開している約120のホテルのうち約70棟のホテルについても、この建築士の名で建築確認などの手続きをしていたと認めました。大体45号目ぐらいのホテルからこの建築士の名前が使われていて、建築士はそれ以降ずっと名義貸しをしていたのです。結局、この名義を貸し出した建築士は資格取り消しの処分を受けます。建築基準法などに違反した7件について、設計や工事監理を行う意志がないのに、建築確認申請書の設計者欄に名義を貸していたのが処分理由です。通常の名義貸しの処分は業務停止3カ月とされますが、この建築士は2000年12月から2006年1月まで毎月10万円の報酬を受け取り、同チェーンのほとんどの違反物件に関わっていたとみられ、重い処分となりました。
東横インが、バリアフリー推進のための優遇措置は受けていたのか調べたのですが、今回は時間がなくて、東横インがじっさいにどのような優遇措置を受けたのかは確認し切れませんでした。スライドにありますように、優遇措置の1つは、人にやさしい建築物整備事業の場合、「ハートビル法に基づく認定建築物、ハートビル法の基礎的基準を満たす特定建築物に対し、日本政策投資銀行による低利子融資を実施する」。もう1つ、認定建築物に対する税制上の優遇措置があります。「昇降機(エレベーター)を設けた2000平米以上の認定建築物(新築、増改築)について割増償却(10%、5年間)の適用が可能である」。東横インの新しい建物がこういった認定を受けていたとすれば、こういったものを受けながら不正改造をやった可能性が出てきます。もしそうであれば、ハートビル法の優遇措置を受けたうえで、その法律を破ると悪質な行為になります。
耐震強度偽装の問題を受けて、建築基準法、建築士法など4法が改正され、2006年12月に公布されました。このなかの1つに建築確認の審査の厳格化をはかるために、建築基準法のなかに、構造計算が適正かどうかを判断する第三者機関(構造計算適合性判定機関)の規定が設けられました。高さ20メートル(7階建てぐらい)を超える鉄筋コンクリートの建物の建築確認には今後、この判定機関で構造の専門家による審査を義務付けました。罰則強化としては、設計段階の強度偽装は、建築士法で「懲役1年以下または罰金100万円以下」とし、着工後に発覚した偽装は、「懲役3年以下、罰金300万円以下」としました。これまでは設計図だけの偽装を処罰する明文規定はありませんでした。着工後に発覚した偽装はわずか「罰金50万円以下」で済んでいました。東横インの不正改造で問題になった建築士の名義貸しについても明確に禁止しています。これらの4法の改正法が施行されて実際にどのように運用されるのかは大きな問題です。たとえば、改正された建築士法では、一級建築士の資格を取るために建築事務所などでの「実務経験」が求められており、建築学科の大学院を抱える大学では、どうやってその基準をクリアできるかが大きな問題になっています。
次に、建築基準法、関連条例の問題点を2つ挙げます。1つは、建築基準法の改正は、消防法とは異なり、たとえ法改正が行われても既存の建築物には遡及適用されない点です。経済面から考えれば当たり前といえるかもしれませんが、安全面で考えたら、本当は法律が変われば何らかの見直しや点検をするというのも1つの考え方だと思います。耐震強度偽装に関しても、新しい耐震基準は新築にしか適用されませんから、古い耐震基準でつくられた耐震強度の弱い既存の建築には遡及しないのでそのまま放置されてしまいます。
それから、既存の建築物には実効性のある査察制度がありません。確かに建築基準法の法制度においても建築監視員制度という事後チェックシステムを置くことが可能ですが、実際には一般の建築の安全面でのチェックは行われてないようです。ですから、建築完了済証が出された後は、内部告発でもないかぎり、不正改造が行われてもそれが発覚することはないでしょう。恐らく現実には日本の建築物では建築完了後に不正な改造が行われている例は少なくはないと思うのですが、実効性のある査察制度がないので、不正な改造がこれまで問題にされていないだけのように思います。
次に企業不正に関する問題点を5つ挙げます。耐震強度偽装の問題、東電のトラブル隠し、石原産業のフェロシルト問題、つい最近起こったジェットコースター事故、これらに共通する構造的な問題点だと思います。1点目は、監督すべき行政機関に検査する専門能力・人材がないということです。2点目に、最終書類審査をパスすれば、その後の長い運用の期間に査察やチェックを行わないことです。現状では実質的にその施設を運営する企業任せになってしまいます。3点目、専門知識と技術を持った独立した第三者機関が定期的に検査しない。4点目、法令違反への罰則が非常に軽い。そうするとどうなるかというと、故意の偽装や不正を見破ることが不可能な安価で無力な社会システムが温存されるという構造になります。その結果として、事故や公衆の被害が発生してしまう、あるいは不正が告発などで発覚する。そうすると、案件処理のために莫大なコストがかかります。東電のトラブル隠しが発覚したとき、大きな事故は起こっていませんが、すべての原発を止めることになって、1700億円ぐらいの損失が出ています。石原産業のフェロシルトの場合でもその撤去費用だけで250億円以上がすでにかかっています。耐震偽装も大きな損失を出しています。不正や違反を放置したために、莫大な社会的コストがかかってしまう。日本の多く制度のなかで、こういう無力な社会システムがこれまでつくられ、破綻するたびに「性善説」に基づいていたという言い訳が繰り返されてきました。
またこうした企業不祥事の背景には規制緩和の政策があります。長引く不況のなかで、規制緩和をうまく利用することが、企業経営にとって重要になりました。このスライドは、2005年に開催された第109回全国経営者セミナーの講師リストです。このセミナーは日本経営合理化協会が毎年主催しているものです。1月20日の出講講師リストを見ると、建築に関わる企業から、不正改造をした東横イン西田社長、耐震偽装マンションの建築に関わったヒューザー小嶋社長、2007年3月に公正取引委員会の排除命令を受けたタマホームの社長の名があり、また安倍晋三自由民主党幹事長代理(当時)という政治家の名前も講師として上がっています。
経営素人の私の考えですが、新興企業のバブル後の「勝ち組」にはある共通した経営戦略があるのではないかと思います。それは技術革新ではなく、規制緩和政策を利用して、従来よりも格段に安いサービス・商品を販売する戦略です。こうした戦略をバブル後の新興企業の「勝ち組」の多くが採ったのではないか。画期的な技術革新を行ったわけではなく、規制緩和によって、あるいは新しい制度(たとえば介護保険制度)に乗っかるかたちで、極めて安い商品やサービスを売りにして、事業を急激に拡大していくやり方です。コスト削減のためには、サービスを特化し、安い労働力を利用します。派遣業をやっていたトップ企業が最近怪しいことが明らかになりつつありますが、女性の労働力や、正社員としての就職が困難な人たちの安い労働力を使う。「低コスト・オペレーション」というのが、東横インの西田社長の言葉です。
コスト削減のために、余分なサービスや利益を生まないものはカットする。「使わないものはいらないんじゃないの?」「業界の常識を破る素人の発想です」というという西田社長の言葉が象徴的です。つまり、経営のやり方としては、安全とか環境、従業員の福利のコストはミニマムにして、低コストを実現する。法令は最終検査をくぐり抜けさえすればよいと考える。要するに、コンプライアンスを常に守っている必要はないわけです。そして、利益追求を最優先し、大規模で急速な事業拡大をする。
東横インも、コムスンも、NOVAも同じように、大規模、急速に事業を拡大して、多くが低コストを掲げている。そのためにサービスの質が追いついていかない。その企業の従業員の多くも苦しみます。また、こうした企業が利益を拡大することによって、法令を遵守する優良企業が市場を奪われ、そのしわ寄せを食うことにもなるでしょう。きちんと法令や顧客の安全や従業員の待遇を守っている企業や事業者が、だんだん利益を奪われていくことになります。悪貨が良貨を駆逐していくパターンです。それをバブル破綻以降の日本の政策が勧めて助長した責任は、これから問われることになるだろうと思います。
東横インの西田社長が『東横インの経営術』という本を書いていて、「女性のセンスを生かして日本一のホテルチェーンをつくる」というのがその本の副題です。この著書によるとホテル支配人の養成期間が非常に短く、短い養成期間を経て、後は実地で訓練します。そうすると、ポカや失敗も起こる可能性があります。そのため開店して1カ月ぐらいは「サービス期間」として、1泊3400円とさらに宿泊料金を安く設定しています。安いから、少しぐらい苦情があっても我慢してくださいということです。
普通の企業であれば、研修をさせてから現場に出すと思うのですが、その研修期間をかけるのが惜しいから、宿泊料金を少し安くしても実際に働かせてしまう。また、支配人は、開店前からいろんな責任を負わされます。新しい市場を開拓するために営業回りもやらされるわけです。実際には長時間の責任の重い厳しい労働です。『東横インの経営術』を読むと、女性の支配人のインタビューが何人か出てきますが、「忙し過ぎて辞める暇がなかった。気が付いたら、私は夫がいたのね」とかと書いてあります。何かが起こったら夜中でも駆け付けなければいけないという厳しい労働にもかかわらず、ホテル支配人の初任給は年収で約320万円(2004年段階)にすぎません。
東横インは、女性スタッフだけで運営していることがうたい文句ですが、子育て支援の制度や施設の福利はありません。むしろ子育てに一段落した主婦を雇用する。ホテルの稼働率が3ヶ月続けて75%以下に下がると、稼働率向上委員会に強制入会させられます。一般のビジネスホテルの稼働率は60%の半ばを超えるぐらいですから、75%という稼働率はホテルのなかでも高いほうです。支配人は毎月、支店長会議で全国から集まるわけですが、ノルマを達成した人の名前は白札、達成していない人は赤札と、名前の札の色でその達成度が誰にもわかるようにしています。それでも、西田社長は、「別に給料を下げるわけでも、首を切るわけでもない」と書いています。ですが、支配人には、大きなプレッシャーだと思います。
さて、東横インの事件のその後の対応ですが、2006年6月までに「是正」をほぼ終了しました。ハートビル法遵守委員会、施設法令監視委員会を2006年3月27日にスタートし、その後「ユニバーサルデザイン対応化委員会」に名称を変更して、2007年1月までに12回の委員会を開催し、ウエッブ上にその内容を掲載しています。元日本大学工学部の福祉工学を専門にやってこられた野村歡氏を委員長にして、委員にユニバーサルデザインを牽引する川内美彦氏を入れてやっています。車いす使用者が宿泊可能なハートフルルームを設置しています。そうした取組みがどこまで進むか、本当に障害者の利用しやすいようになったかという検証も必要でしょう。
東横インの不正改造事件のその後の営業への影響はどうなのか。ウエッブ上にある東横インの第21期営業報告書の内容によりますと、「当期の稼働率は、直営分で、前期比81.9%から79.2%と2.7%低下しています。グループ全体では、83.1%から80.4%へ、同じく2.7%低下しています。その理由は、競争の激化はともかく、一部の新規開業店舗の不振と1月の法令違反についての影響と考えています」とあります。これだけの事件を起こしているわけですが、この期間では営業的には2.7%の低下で収まっている。東横インのその後の対応が早くてよかったからかもしれませんが、ひとつの要因としては、後で述べますが、こうした不正に関しての罰則が日本社会では小さいということもあるかもしれません。
以上で、東横インの話を終わらせていただき、次は、バリアフリー新法をめぐる課題についてお話をさせていただきます。
まず、法律や条令とUDの関係です。建築基準法や改正ハートビル法などは建築物が満たすべき最低限の基準です。これをまず押さえなければいけないと思います。法律や条令は、ある性能や使用を可能にする基準を満たすことだけを求めているのであって、固定的なハードルをクリアすることだけを定めています。これに対してUDは、本来的には継続的改善を求め続ける姿勢を持った「運動」だと言われています。つまり、法律は一定のレベルを満たすことだけを決めるわけですが、UDは継続改善の運動です。スパイラルアップをしていく。アメリカでUDが発展したのは、「障害を持つアメリカ人に関する法(Americans with Disabilities Act)」(ADA)成立以降のことです。要するに、こうした法律を守りさえすればいいというホテルとか建物がたくさん建ってしまった。実際は使い勝手がきわめて悪いので、それを是正しようというので、UDの考え方が浸透していったと言われています。
このスライドでは、日本のバリアフリー・UD関連の年表を挙げました。建築基準法が1950年に制定されています。障害者基本法は1970年。1981年は「完全参加と平等」を掲げた国連の国際障害者年に当たり、それを受けてだと思いますが、建設省でバリアフリーの設計基準作成が行われました。1983〜1992年の10年間は「国際障害者の10年」で、この時期に運輸省が少し遅れて、公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設設備ガイドラインを策定します。1992年に障害者の10年が終わって、1994年に最初のハートビル法(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)ができます。2000年に、今度は運輸省が、バリアフリー法(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)を制定します。2003年に、改正ハートビル法でその対象が拡大されます。2006年にハートビル法とバリアフリー法を合わせて「バリアフリー新法」という1つの法律にしたというのは、2001年の中央省庁の再編で建設省と運輸省が1つになったためともいえるかもしれません。前年の2005年にユニバーサルデザイン政策大綱というものが策定され、その理念に基づいてバリアフリー新法ができました。
このスライドはアメリカのUD関連の年表です。アメリカは公民権法が1960年に成立しましたが、それには身体障害者の権利がうたわれていなかったので、それを補うかたちで1973年にリハビリテーション法504条が策定されます。これには連邦政府の予算をもらったプログラムのサービスは障害者を差別してはいけないと明確にうたわれています。ただし、504条はごく短い条項だけで、その実施の施行規則が4年後の1977年にようやくできます。1973〜1977年のリハビリテーショ法施行規則が制定するまでは、障害者団体もこの施行規則を定めるようにいろんな運動や働きかけをしたようです。1978年にNIDRR(国立障害リハビリテーション研究所)が設立されました。それとともに、NPOのアダプティブ・エンバイロメンツ・センターもつくられました。1989年に、センター・フォー・ユニバーサルデザインがNIDRRの援助で設立されます。1990年には「障害者を持つアメリカ人に関する法」(ADA)が制定されます。その後も、NIDRRのような国立の研究組織がセンター・フォー・ユニバーサルデザインとか、アダプティブ・エンバイロメンツ・センターなどを経済的に支援して、アメリカでは民間と国が共同した取り組みが進められています。
次にADAの内容です。ポイントだけの紹介ですが、最初に「4300万人のアメリカ人が身体や精神に障害を持っていると見なす」と書いてあります。要するに、アメリカ人の7人に1人は何らかの障害を持っていると見なして、以下の4分野にわたって差別を禁じています。Employment(雇用)に関しては、公的機関や15人以上の従業員を持つ企業などの雇用において差別的取り扱いを行うことを禁ずる。次にPublic Service(公共サービス)での差別の禁止、そして今日の話で特に大事なのはこの3点目のPublic Accommodations(公共的施設)での差別の禁止です。「すべての障害者が、統合された社会の正当な一員、消費者として認定されるべきである。不特定多数を対象に営業している事業は障害者も対象としなければならない」とされています。東横インの社長が言っていた、年間1人や2人しか来ないからいいんじゃないかという姿勢は基本的にまったく許されないという考え方が示されています。4点目はTelecommunications(電話通信)で、これは聾者のためにコミュニケーション手段を保障することを主な内容としています。
UDに対する日米の温度差といいますか、取り組み方に違いがあります。アメリカでは、公民権運動の広がりにともなって障害者への差別を禁止し、障害者の権利を守ることを基本にしています。そのうえで、障害者の平等な社会参加を広く実現する方法としてUDの考え方が広がり、連邦政府がUDのNPOなどを支援してきたという経緯があります。これに対して日本のUDは、障害者というよりはむしろ超高齢化社会対策のほうに重点があるように思います。UDは超高齢化社会の対策として政府や自治体の条例に取り入れられ、多くの企業が超高齢化社会の市場開拓、高齢者のマーケットの拡大を目指して取り組んでいます。
バリアフリー新法の話にもどりましょう。2005年にユニバーサルデザイン大綱がつくられました。国土交通省のホームページからの引用ですが、
「どこでも、だれでも、自由で、使いやすく」という、ユニバーサルデザインの考え方を踏まえ、可能なかぎりすべての人が、安全で豊かに暮らせるよう、ハード・ソフトの両面から整備・改善していくという理念に基づき、平成17年7月に策定された。以下の考えに沿って政策を推進していくものである。
- 利用者の目線に立った、参加型社会の構築
- バリアフリー施策の統合化
- 安全で円滑に利用できる公共交通
- 安全で暮らしやすいまちづくり
- 多様な活動への対応」
これに基づいてバリアフリー新法が昨年(2006年)できたわけですが、国土交通省が掲げているその新法のメリットの大ききポイントは以下の2点です。(1)重点整備地区における移動等円滑化に係る事業の重点的かつ一体的な実施。つまり、ハートビル法とバリアフリー法の一本化を図り、両法案の対象外であった、道路、路外駐車場、都市公園を追加し、百貨店や福祉施設等の既存施設には努力義務を課す。これまで点とか線であったものを面のバリアフリーを考えていきましょうということです。もう一つは、(2)住民等の計画段階からの参加の促進を図るための措置を定めた、ことです。
そして、実際に新たに付け加えられた点は以下の5つが挙げられています。(1)対象者の拡充:身体障害者だけではなく、知的・精神・発達障害者などすべての障害者を対象にする。(2)対象施設の拡充:路外駐車場・都市公園・福祉タクシーを追加。(3)基本構想制度の拡充:バリアフリー化を重点的に進めるエリアを、旅客施設を含まないエリアにも拡充。(4)基本構想策定の際の当事者参加:協議会制度を法定化。住民からの基本構想作成提案制度を創設。(5)ソフト施策の充実:関係者と協力してバリアフリー施策の持続的・段階的な発展を目指す「スパイラルアップ」を導入。また、国民一人ひとりが高齢者や障害者などが感じている困難を自らの問題として認識する「心のバリアフリー」を促進。
(1)は基本的に障害者基本法との整合性を図ったということだと思いますが、対象者を拡大したのはよいことだと思います。また(5)に関してですが、現在、ノンステップバスとか低床バスがかなり導入されるようになりました。全国で8000台のノンステップバスが走っていますが、しかし、そうした低床バスに車いすの障害者が乗ろうとすると、低床バスにもかかわらず、運転手に乗車拒否されるという事件が起こっていて、障害者側から問題提起がされています。ですから、そうした問題事例をなくしていこうということだろうと思います。
このスライドも国土交通省のホームページに載っている内容です。ここに鉄道があって、いろんな福祉施設があり、こういうエリア取りが考えられる。そして、病院、福祉施設、商業施設、駐車場といったものを一緒にまとめて考えようというようなことです。観光地なんかもそうです。このように面として重点地域をつくって、そこは円滑に移動や利用ができる。考え方としてはいいことだと思います。
それから、住民等の計画段階からの参加の促進を図るための措置として、重点地区を決めて、それをどうやって変えていくかという基本構想を策定するときに、協議会の制度を新たに設けました。これによって住民等からの基本構想の作成提案ができる。市町村、特定事業を実施すべき者、施設を利用する高齢者、障害者等により構成される協議会を設置し、市町村と協議をして旅客施設、官公庁施設、福祉施設、その他の高齢者、障害者等が生活上利用する施設の所在する一定の地区を重点にしてやっていく。利用者が考えて、事業内容の作成に関わるという考え方です。これもいい考え方だと思います。
しかし、問題点があります。私が考えるバリアフリー新法の問題点をここでは6点挙げました。1点目、高齢者や障害者の「利用する権利」「移動する権利」が明記されていません。ADAのようなかたちで、権利として保障されていない。2点目、法令に違反した事業者への罰則規定が軽いと思います。3点目、監視員制度がなく、法令違反を市民が訴える専用の窓口や手続きの明記がありません。4点目、特定建築物の規模(2000平米以上)が大きすぎると思います。また1日の乗降客5千人以上の駅をバリアフリー化の対象にしていると言っていますが、これも対象規模が大きいと思います。5点目、基本構想提出や協議会設置は義務ではありません。ですから、現在、基本構想を提出している市町村数も少ないわけです。6点目、新法の特例の悪用が懸念されると思います。以下、指摘した問題点について私の考えを説明します。
1点目の障害者等の「利用する権利」「移動する権利」が明記されていないという点ですが、アメリカのADAは障害による差別を禁止した公民権法です。バリアフリー新法では「権利」ではなく、いわば「福祉」扱いです。福祉であればどうなるかというと、財政出動上は後回しにされる可能性が高いわけです。地方自治体は財政上大きな赤字を抱えていますから、福祉扱いであれば、後回しにされる可能性がある。しかし、もしそれが権利であれば、きちんと守らなければいけないから取り組むでしょう。「権利」が明確でなければ、事業者も障害者を一利用者として、他の乗客と同じように情報やアクセスの権利が認められるように明確に位置付けるかどうかは疑問です。さらに、不快で差別された特別の利用法に限られないようにするような努力目標が規定されるかどうかも明確ではありません。アクセスの安全性が確保されているかという問題も出てきます。
例を挙げると、いま日本には約9500の駅がありますが、そのなかでホームの可動さくが設置されているのはわずか3%(270駅)で、毎年転落死傷事故が30件以上起こっていると報告されています。多い年には60件ぐらいあるようです。ですから、障害者が本当に安全に利用できるようなものが確保されているかどうかがポイントになると思います。
2点目の法令違反者への罰則規定が軽いという点ですが、バリアフリー新法の罰則規定は、(1)旅客施設及び車両等、(2)特定路外駐車場、(3)特別特定建築物、に係る基準適合性の違反に対しては、300万円以下の罰金とされています。罰金は細かく決めてあり、100万、50万、30万、20万円。最高300万円、最低20万円という差があります。アメリカのADAはどうかというと、違反者に対して、初犯の場合には約600万円以下、再犯者には1200万円以下の罰金を科していて、初犯と再犯を分けているのもよいと思います。違反を繰り返した人には厳しくのぞめということで、その意図がはっきり伝わります。
3点目として、監視員制度がなく、法令違反を市民が訴える専用の窓口や手続きの明記がこの法律のなかにはありません。つまり、市民の生活上の「権利」ではありませんから、その権利を守るシステムが制度的に考えられていないともいえるでしょう。苦情情報提供のシステムやフォーマットが用意されていません。私の考えとしては、市民がいつでも必要なことを提案するシステムやフォーマットなどをつくるべきだと思います。問題点をすくいあげる電子窓口や情報のUD化がまだまだ進んでいません。
比較のためにこのスライドで挙げましたが、2006年6月から民間の駐車監視員の導入がされました。東京、大阪、名古屋で駐車違反は6〜8割減少しています。自動車盗は35%減少、車上狙いは30%減少した。これはつい先日の新聞記事ですが、つまりこうした民間監視員制度を導入すると、違法駐車は減るし、しかも犯罪も減っている。明確な数字が出るわけです。本気でやろうとすればできるわけです。
アメリカのADAの場合には、差別を受けた苦情の申し立て書がウエッブでダウンロードできます。アメリカの司法省のなかにDisability Rights Sectionというものがあって、そこを窓口として、ウエッブにDiscrimination Complaint Formが置いてあります。そのフォームにどんなことを書くかというと、差別をしたGovernment、Organization、Institutionなどの名前、アドレス、電話番号、いつ差別が起こったか、どんな差別が行われたかということや、ほかの機関にもそれを訴えるかどうかという項目もあり、きちんと書式が決まっているわけです。誰でもダウンロードできます。
それから4点目、特定建築物の規模(2000平米以上)が大きすぎる。ADAではその8分の1ぐらいの3000平方フィート(278平米)以上の広さの3階建ての公共施設にはエレベーターの設置を義務付けています。ADAの公共施設に関する規定は、レストラン、ホテル、劇場、医院、薬局、小売店、博物館、図書館、公園、私立学校、デイケアセンターと幅広いところが対象になっています。いまの日本の基準では、多くのコンビニとかファミリーレストランは適用されません。
また、2010年度までにバリアフリー化を図るのを1日の乗降客5千人以上の駅を対象にしていますが、これも対象とする駅の規模が大きいと思います。全国の駅数は9544あるわけですが、1日5千人未満の乗降客の駅は6809駅もあり、71%が対象外になります。そして、1日5千人以上の乗降客の旅客施設49%はバリアフリー化が済んでいます。つまり、全体の70%を放置して、残りの30%のうち15%はもう済んでいますから、全体の15%を今後やりましょうというだけのことです。小さな駅周辺にこそ高齢者とか障害者は多いのではないかと私は思います。ですから、自分の住んでいる場所からのアクセスが、確保されていないことになるかもしれません。乗降客が1日5千人以上の旅客施設を持たない市町村は1820もあります。ですから、地方と都市の格差がこの法律によってさらに進められる可能性が出てきます。
5点目、基本構想提出や協議会設置は義務ではなく、基本構想を提出している市町村数も少ない。乗降客が1日5千人以上の旅客施設がある539の市町村のうち、基本構想を提出したのは189市町村(35%)です。乗降客が1日5千人以上ある旅客施設のない1820市町村からは12市町村が出ています。合計で221市町村から、件数として269件しか出ていません。ですから、2007年3月の段階で全体の2359の市町村のうち、基本構想を出しているのは221、率にして9.4%にとどまります。要するに、全体の1割にも満たない。基本構想の提出はそもそも義務ではないからです。しかも、「協議会での協議を経ることができることとする」ということで、協議会の設置も市町村の義務ではありません。つまり、この基本構想をつくるときに、障害者や高齢者が協議会に参加して計画することはすばらしいと思いますが、義務化されていないので、骨抜きになる可能性も高い。協議会は常設でもありません。繰り返しになりますが、地方財政の窮乏で、権利ではなく福祉では後回しになる可能性が高いわけです。
6点目の、新法の特例の悪用が懸念されるというのは、罰則に比べて大きな特典があるからです。税制上の特例、これもさきほどと同じ法律ですが、所得税、法人税の割増償却(10%、5年間)が受けられます。日本政策投資銀行、中小企業金融公庫等から低金利の融資が受けられる。貸付限度額は、中小企業金融公庫では7億2千万円、国民生活金融公庫だと7千2百万円を15年間ぐらい安く借りられるわけです。これだけの優遇措置を受けられるにもかかわらず、最高で300万円の罰金です。延べ面積の10分の1を限度に容積率の算定に際して、通常の建築物の特定施設の床面積を超える部分は延べ面積に不参入とすることもできます。
バリアフリー新法の問題点のまとめです。市民の生活権としての位置付けがありませんから、バリアフリー新法で認定を受けた建築物について行政や民間や市民による有効な監視システムが制度化されず、罰則も小さいので、新法の特例を目当てに承認を受け、東横インが行なったように、事業者が後で違法改造して不正を起こす可能性が高い。それに対する手だてが考えられていません。それから、義務化されていない協議会や基本構想が、空文化したり、地方自治体の都合のいい委員や地域ボスの意見が強まったりする危険性がある。また、地方との格差を拡大することも懸念されます。
しかし、物事にはポジティブな面とネガティブな面があります。次は、バリアフリー新法の可能性についてお話しします。この法律は改善のスパイラルアップを可能性にする制度だと言われています。協議会の設置が可能になったので、行政主導の公共事業ではなく、住民や利用者がまちづくり計画に関わる可能性が少し大きくなったと思います。UDが改善を継続する姿勢をもった運動であることが、法制度の仕組みのなかに取り込まれています。行政と市民がパートナーシップによって協力し、市民や弱い立場に置かれがちなユーザーがよりよい提案を継続して改善してゆく社会への第一歩にする可能性があるのではないかと私は思います。「志民(志を持った市民)」が参加して社会をよりよく変えていくという仕方で、市民参加型の社会ができてくる可能性があるのではないか。それから、自治体がバリアフリー新法などを活用して、それを自治体の条例のなかに入れていく。それによって、新法では対象施設が2000平米であっても、例えば1000平米以上にするとか、対象施設を拡大していく可能性が出てきます。それも自治体と市民の意志と取組みにかかっています。要するに、この法律の内容は、自治体や市民がどういう取り組みをするかということに大きく左右されます。
地方自治体と市民の課題として4点挙げます。第1点は、コミュニティづくりをすることです。これは非常に難しいことだと思います。とくに都市のなかでコミュニティをつくるのは本当に難しいと思います。第2に、地方自治体のなかでも、福祉、交通、建築の部門のセクショナリズムを超えた、バリアフリーな連携が必要だと思います。第3に自治体と市民がパートナーシップをもって、事業のPDCA(計画、実施、評価、改善)を行う。市民と自治体が一緒になって、自治体が行う政策を遂行していくという考え方が必要になってくるだろうと思います。ある利権を誘導していくとかということではなく、自分たちが本当にこの町をよくしていく。そのためのパートナーとして考える。
それから4点目、これは何だろうと思われるかもしれませんが、自治体と市民をつなぐ言葉の発見と実践。コミュニティの基本はコミュニケーションだと思います。自治体の発信する言葉がお役所言葉で読みにくいままであれば、市民参加は難しくなります。自治体と市民がパートナーシップをつくるのであれば、行政の人間と市民が一緒に話し合えるような言葉、コンセプトを新しくこれからつくっていかないとだめなのではないか。これは私がいま考えているポイントの1つです。
例えば、社会を改善するキーワードを生み出せるかどうかというのも重要だと思います。ADAのなかにはキーワードと呼べるような重要な言葉や概念があります。たとえば「妥当な配慮(reasonable accommodation)」。ほんとうに設備の改善や配慮が必要かということを、いろんな状況のなかで考えて判断していくことが求められます。よりリーズナブルなものを考えていく。reasonable accommodationを求めますという仕方で、新しい改善を求めていく。コスト面の問題も当然ありますから、企業に「重大な支障(undue hardship)」がある場合には、「妥当な配慮」をしなくてもいいとされています。つまり、妥当な配慮をすることによって、企業の事業自体が変更を迫られたり、存続できなくなったりする危険性がある場合には、重大な支障があるので妥当な配慮をしなくていいということです。しかし、逆に「重大な支障」がない限り、企業は妥当な配慮をしなくてはいけません。
また、「本質的機能(essential function)」。これはどんなことかというと、ある仕事にある障害者が応募してきた。そのときに、事業者側はその求めている仕事に本質的に関わる質問だけをしなさいということです。その仕事が達成できるかどうかだけを聞く。その人のもつ障害がどうだこうだということを幅広く聞いてはいけない。ですから、これによって「的確な資格を持った障害者」というような考え方も出てきます。
それから「暫定的代替物」。たとえば本当はユニバーサルデザインでつくられていなければいけないわけですが、それができない場合には暫定的な代替物でもよいということです。そして、「感受性(sensitivity)」。要するに、どういうことを配慮すれば障害者の人はうまく働けるかを見出す感性や感覚が大切であるということでしょう。そうした感受性をもって、妥当な配慮をすることが求められます。
このようなキーワードによって、社会をよりよいものに改善していくことができるわけです。これらの言葉が法律のなかに入っているから、社会を新しい観点から改善していくことができる。バリアフリー新法もまた、社会をよりよく変えてゆくための新しい考え方を持っているか、あるいは協議会などを通じて生み出していけるかということが問われるように思います。
今日のお話の最後に、いわば付録として哲学の果たしうる役割について述べて終わります。バリアフリー新法に、哲学の出番などないと思っていらっしゃる方を説得するのは難しいですが、1つは協議会等に参加する市民の議論の質を高めるファシリテーターの役割みたいなことを哲学者はもっと担う必要があるのではないかと私は思っています。西洋の哲学の出発点であるソクラテスは誰よりも対話がうまかったのです。古代哲学の研究者の大草輝政さんの論文(「科学技術と社会を繋ぐ対話」『技術倫理研究』第2号2005年)によれば、対話の技術として3つのことが必要だということです。その1つは、「対話の双方向性」を確保することが必要です。つまり、一方的にどちらかがしゃべるのではなくて、双方の対話が必要です。次に「答えを知らない自覚」をうながすこと。たとえば協議会に参加した人は、最終的なきちんとした解を実は誰もが持っていないのだということを出発点にして議論を進めることが大切だと思います。最初から、俺の考えが一番正しいと考えていると議論にならないわけです。第3に「有効な対話の条件」を明示することです。そして有効な対話のためにはさらに次の3つのことが必要です。第一が「見識」が必要です。第二に自分のエゴイスティックな利益のためではなく、やはりそれによってよくしてやろうという「善意」が必要です。第三に、だれだれの手前これは言えないとか、そういったことではなく、「何でも言える自由」が必要になります。人を傷つけるような自由はいけませんが、率直にしゃべれる自由は必要です。ソクラテス、プラトンの哲学からこのような対話の原則を導き出すことができる。対話の技術としての哲学をもっと活用することができるのではないでしょうか。
「技術哲学や技術倫理が、現代社会で技術と関係する具体的な問題について、規範的で倫理的な対処の仕方を容易にすることは可能」。去年『共生のための技術哲学』という本が出ていますが、これはそのなかでウィーベ・バイカーという社会技術理論(STS)の有名な研究者が言っている言葉です。倫理的側面をよりよく理解し、問題を定義する新しい方法を示し、原理原則を加えたり、議論を助けたりする。こういったことをSTSとか技術哲学が可能にするのではないかということです。
「技術は法である」。これもラングドン・ウィナーというSTSの研究者で、その本に所収されている「技術を構想する権利はあるだろうか?」という論文で述べられている言葉です。「これら技術は、さまざまな規則、役割、関係、制度のなかで機能を果たす」。技術は、さまざまな法律のなかで定められています。ですから、技術は法として社会に存在している。ウィナーが言うように、技術が我々を苦しめたり、逆に心身を支えたりするから、生活で直面する技術の配置やデザインをする際に、実質的な発言権があることがやはり重要です。
倫理の観点から規定や条例や法のあり方や基礎を考える役割が、現代の哲学にもあるのではないかと私は思います。哲学はどういう学問かと言われたら、簡単には「統治のための学問」だというのがプラトンの考え方だと思います。日本の哲学にはそうした側面が欠けている部分があって、それが日本の哲学を一般に受け入れにくくしているのかもしれません。政治的な統治とか経営には、何が正しいか正しくないかを判断する哲学教育が不可欠です。ですから、経営者になりたい人は何をやらなければいけないかというと、本当は哲学をやらなければいけない。経営者になるなら哲学を勉強しないといけない。ですから、大学の経済学部は、正しいこと正しくないことを判断できるような基礎的な訓練、哲学教育もやるべきではないかと、あえて声を大にして言っておきたいと思います。
私が研究していますプラトンという哲学者の最後の主要著書は『法律』です。文庫本で岩波書店から出ていますが、その本のなかで人々の生活のための細かい規定をたくさんしています。そういうものもぜひ読んでいただけたらと思います。かつての哲学者の1つの仕事は、法律策定に関わることでした。現代の哲学者の仕事は法律家の仕事そのものとは違いますが、法律の基礎になるような概念、新しい社会に対応するような新しい概念を考えていくことも仕事の一つになるでしょう。最後に、宣伝で恐縮ですが、『文明社会における異文化の法』(未來社)という本が最近出まして(2007年5月)、私も「プラトンの法と倫理」という拙論を書いております。これも機会がありましたら読んでくだされば幸いです。長くなりました。ご清聴どうもありがとうございました。
――瀬口氏 講演 終了